第14話【追放された二人の語らい】


 その夜、グランベイの拠点である竜の巣には約三十名が入り、さながらパーティ会場のようになった。


 衛士隊がダイニングを取り仕切り、竜騎兵隊は竜達と一緒に中庭で料理を始め、暖炉の前でシャスカがリュオネに絡み、フリージアさんとオルミナさんがしっとりと飲み比べを始めてしっとりと二人とも潰れた。


 ちなみに食材は僕が個人で備蓄していたものでまかなった。

 デボラさんによる半ば強制だったけど、喜んでくれたのでなによりだ。

 これでケチ呼ばわりをやめてくれればもっと良かったんだけど。


 そんな具合でぞんぶんに飲み食いした皆は今、寝室や床で眠りについている。

 僕は酔いが回っていると逆に目が冴えるので、眠れない時間を潰すために掃除や見回りをしていた。


「——だれかいるのか?」


 中庭で竜がねる場所の近くに、たき火が一つ揺らめいていた。

 火の始末は冒険者の基礎だ。

 どれだけ酔っていても不始末を起こすことはない。


「よぉ」


 丸太に座り、ヴィッテの小瓶を片手に火の中の薪を燃えやすいように動かしているのはジョアン叔父だった。


「叔父さんか。さむくないの?」


 二人きりなので特に丁寧にしゃべる事もなく隣に座る。

 ジョアン叔父は新しくあつらえたマントをわざわざ着込んでいた。


 叔父はシャスカの護衛、ウジャト教団の団員であって【白狼の聖域】のメンバーではない。

 だから外部のアドバイザーであるエンツォ夫妻と同じく装備は自前だ。

 自前といっても作っているのはウィールド工廠なので、みためは色以外あまりかわらないけど。


「着込めばなんという事もねぇよ。お前だって冬の野営の経験はあるだろう……いや、あるのか? お前が冒険者になったのって去年の春だよな」


 叔父が顎に手をやり、こちらを品定めするような目でみてくる。

 確かに、夏にはクランができて冬には金級になっていた。

 ろくな下積みもせずに来たのは事実だ。


「少しくらいはある。叔父さんを助けに行く前の調整とかで」


 言った後に少し気まずくなった。

 数えるほどしか行っていないなんて、行っていないのも同然だ。

 鉄級、銅級冒険者にいえば鼻で笑われる。


「……ま、苦労なんてしないにこしたことはねぇよ」


 僕の考えている事を想像したのか、叔父は横にあった薪を新たに火にくべた。

 たまに聞こえるビーコ達の寝息と薪のはぜるかすかなつぶやきの他、聞こえる音がない。


「マザーは、なんで戦艦をつれてブラディアに来たのか、叔父さん心当たりはない?」


 皆がいた時にも話した話題だけど、ウジャトに所属しないクラン団員もいたので、深くは話せなかったので改めて聞いてみる。


「戦艦についてはわからねぇ。だが、教団の話が前提になるから皆の前では話せなかったけどな。マザーはブラディア側につくぞ」


「マザーが、ブラディア側に?」


 ジョアン叔父の赤く火に照らされた横顔は静かで、憶測でものをいっているようにはみえなかった。


「今まで話せなかったが、マザーと、ついでにブラディア王はウジャト教団の幹部だ。シルバーグラスのアーヴル家とブラディアを治めてきたソフィス家の当主は代々そうなんだよ。だから、シャスカと俺たち使徒がいるブラディアとマザーが敵対する事はない」


 南方諸侯連合と戦っているんだからどう協力するかはわからねぇけどな、と、世間話でもするような気軽さで、僕が以前から聞けずにいたことを叔父が口にした。


「うすうすわかってただろう? 幹部じゃなきゃお前に法具を渡したりできねぇって」


「それなら初めから言ってくれれば良かったのに……」


 追放された時とおなじ苦渋が口の中に広がってくる。

 追放は逃れられなかったとしても、ずっと法具だと気付かない可能性だってあったはずだ。

 僕の表情をみて察したのか、叔父はヴィッテの小瓶を差し出してきた。


「大事な法具を渡した相手に魔法考古学研究所にでも駆け込まれたらどうするよ? 俺も法具を使いこなしてから知ったけどよ。管理者候補はウジャトの監視者に適性を測られてたんだぜ」


 管理者候補? 監視者?


「先の事変でほとんどが死んだけど、あの名簿にはまだ監視担当の名前があった。お前がアルドヴィンやバルド教に接近するようなら法具の管理者として不適格だと法具を奪われていただろうな」


「その人の名前は?」


 トトの持ち出したウジャトの名簿を差し出して見せると、叔父はページをめくり始めた。

 

「あーと、ああ、ダモルファス、この人だ。じいさんだったけど、多分生きてんだろ」



 —— そいつは楯の法具かもしれねぇ。どこかに凝血石の装填口があんだろう? これを突っ込んでみろ 



 唐突に、情報がかみあった。


「モル、じいさんか……」


 口から一気にため息がでた。

 最初に法具の事を教えてくれたのも、リュオネを警戒していたのも、モルじいさんが監視者という存在だったならつじつまがあう。


「なんだ、知り合いになってたのか?」


「うん、今は第三十字街で冒険者の教官をしているよ」


 試されていた、という事実に不思議と嫌悪感はなかった。

 叔父とシャスカが入った法具が再びバルド教の手に落ちればもうウジャト教団は勢力を盛り返せなかったはずだ。

 それを避けるためにマザーはギリギリの安全策をとっていたと想像できる。


「もしかして何年もかかったのは……」


「ああ、お前の前に幾人も候補者がいて、そいつらは死んだり不適格者だったりしたんだろう。ただ、お前はたぶん大本命だったと思うぞ」


 大本命?


「高等学院に落ちようが落ちまいが、お前は有能だ。俺だってそれなりに強いと思ってるが、それでも狩人になるのに五年はかかったんだ」


「法具を持っていたのに? ……ってごめん」


 疑問を思わず口に出してしまった。

 叔父が露骨に顔をしかめ、後に苦笑した。


「おいこら無自覚でも傷つくぞ。そもそも”神像の右眼”は高度な魔力操作ができなけりゃ最初はまともにつかえねぇんだ。お前、自分の魔力操作の練度が異常だって時々忘れてんだろ? 最初から法具を攻撃手段にしたり、大量のがれきを収納したり、空中に展開させるなんてできねぇんだぞ? ましてやレナトゥスの刃なんて代物を作るなんて、歴代の管理者の誰もやってねぇよ」


 大きなため息とともに叔父が夜空をあおいだ。

 そうなのか、僕の魔力操作の練度が高かかったから、初めから法具を戦闘につかえたのか。

 中位魔法のスキルが得られないから万法詠唱をひたすら練習していたけど、そんな形で役に立っていたなんて知らなかったな。


「それにしても、アルドヴィンとの戦いが迫っているから急がせたとはいえ、一年で金級になるどころか皇国と一緒になってクランをつくるなんて予想してなかったろうけどな。王都で会うのが楽しみになってきたぜ」


 建国式典には出ないけど、シャスカも王都でブラディア王と会うことになっている。

 つまり叔父とフリージアさんも一緒に王都に向かうのだ。

 けど僕は聞き流しかけた言葉の違和感に気がついた。


「急がせたって、誰が? マザーじゃないよね?」


 どこにスパイがいるのかわからないのに、マザーが冒険者ギルドに連絡をとるなんて不自然な事はしないだろう。


「う、まぁ、その話は王都でしよう。本人から直接きいてくれ。じゃないと後がこえぇ」


 それまでの酔いがさめたかのように、先ほどまでなめらかだったジョアン叔父の舌がいきなりぎこちなくなった。

 問い詰めようにも叔父の様子だと口を割ってはくれそうにない。

 なんだか王都行きがいきなり不安になってきたな……



     ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


ようやく冒頭のモルじいさんの正体を明かすことができました。

彼は導き手兼監視者として、ザートが”神像の右眼”の管理者としてふさわしい強さに至れるか、実はチェックしていました。


さて、また伏線を張りましたけど、どうなるでしょうか。

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