第13話【グランベイに泊まる謎の船】

「どうなってんだ……」


 ビーコの背で隣に座っていたバスコが眼下の景色に目を見張っている。

 シリウス・ノヴァの土台建設から戻った僕たちを迎えたのは、他の商船を押しのけるようにグランベイ沖に投錨している何隻もの艦隊と、ふ頭に着岸している旗艦と思われるひときわ大きな帆船の姿だった。


「他の船はともかく、着岸している旗艦はアルドヴィン海軍の正規戦艦だ。ブラディア海軍はバフォス海峡を抜かれたっていうのか?」


 沈むような船はないけれど、帆が上手くはれずに他の船に曳かれてきたような船もある。一戦交えてきたのはあきらかだ。


「ザートどうする? 向こうも多分こっちに気付いているぞ」


 オルミナさんの後ろで立ち上がって望遠鏡をのぞくショーンが判断を仰いできた。


「南の磯にあるヤトマリに降りよう。消去法で一番ましだ。姿を見せながら飛べばギルドの誰かが出迎えてくれるだろう」


 ここで憶測を重ねても仕方が無い。

 空から見る限り、昼下がりの港は静かだけど不穏な気配は感じられない。

 すぐに攻撃されるような事はないと思う。


 次に事を考えながら降り立つヤトマリをながめていたので、視界の右をながれていったあ北岬砦に翻る旗に気付くのが遅れた。


「どうしたザート?」


 いきなり振りかえった僕の表情にただならぬものを感じたんだろう。

 バスコが強めの声で訊ねてきた。


「なんで、草紋に銀無垢の盾が……アーヴル本家がきているんだ」


 第八の報告では、今アーヴル伯は南方戦線を維持するために徹底した籠城戦をしているはず、ここにいるはずがないのだ。

 しかし頭が混乱させているうちに、僕たちは磯に降り立ってしまった。

 ビーコから特徴的な穴があいたヤトマリに降り立ち、北岬砦を振りかえると、すでに旗は見えなくなっていた。


「ザート、何があったの?」


 リュオネも心配になったのか、砦を見上げている僕の元に駆け寄ってきた。


「あ、ああごめん。そこのアルドヴィン王国の船に乗っていたのは南方にある伯爵の使者みたいだ。アルドヴィンの使節として来たのかも知れない」


 おもわず可能性が低い事を口走った自分自身に顔をしかめる。

 使節があんな一戦交えてきたような規格も統一されていない、艦隊とも呼べない戦艦の群れを引き連れてくるものか。


 とにかく待とう、といって皆を並ばせていると、見慣れた顔が息を荒げて走ってきた。


「ギルベルトさん!」


 駆け寄ると、膝に手をついていたギルベルトさんが安心したかのように笑って深呼吸した。


「よかった、君たちが早まったことをしなくてほっとしたよ」


「説明してくれませんか。あの船と艦隊は俺たちの敵じゃないんですか?」


 バスコが早口に問い詰めるとまだ息が上がっているギルベルトさんが頭を縦に何度もふった。


「大丈夫、彼らは味方だ。さっきまで警備軍のトレヴィル少将が代表を迎えていたんだよ。もう街をでて王都へと向かっている」


「味方といわれても、あの旗は南方貴族のアーヴル女伯のものじゃないですか。あれだけの船が一団となってくるなんて大事だと思うんですが、説明してください」


 僕の言葉が予想外に強かったのか、ギルベルトさんはわずかに目を見開いて、しっかりと立ち上がり居住まいを正した。


「悪いけど事が複雑ですべてを説明している時間が無いんだ。君にこれを渡したら僕も急いでトレヴィル少将に追いつかなくてはならない」


 今更ギルベルトさんが書状を入れた筒を持っている事に気付き、ついに来たかと心臓が強く脈打った。

 内容は思った通り、ブラディア王国建国式典への【白狼の聖域】団長の招聘しょうへいと、【ホウライ皇国軍】代表者の招待だった。


「それと、だいたいの経緯をメモに書きつけておいた。断片的で申し訳ない。期日前には王都入りしてギルド本部を訪ねてほしい」


 そういうとギルベルトさんは慌ただしく走り去っていった。


「ザート、王様に呼ばれたって事はもしかして叙爵されるんじゃねぇの?」


 ショーンが興奮しながらきいてきた。

 貴族に成り上がった者は冒険者達によって生ける伝説のような扱いをされている。

 最近だとジョージさんがそうだ。彼は冒険者から多大な尊敬をうけている。


「可能性はあるけど、式典にはアルマンさんやペトラさん達も呼ばれているらしいから確定というわけじゃないよ。それより、ビーコとチャトラにはもう一度飛んでもらうんだ。早く乗り込んでくれ」


 今日は竜の巣で一晩休む予定にしている。

 まだ日が高いけど、早いところバルコニーで休みたい気分だ。

 メモをしまいながら苦笑いして返すと、横でメモをのぞいていたリュオネがため息をついた。


「皇国軍の代表者ってやっぱりスズさんじゃなくて私だよね……」


 それは、名指しされているんだからそうだろう。

 書状には【ホウライ皇国軍】代表者 リュオネ・ミツハ=アシハラとしっかり書かれている。


「来賓席なんて数えるくらいしか出てないから緊張するよ」


 そういって耳を伏せるリュオネを慰めているうちに竜の巣の入り口が見えてきた。


「あれ……ボルジオのマコラがいる」


 すぐに回廊からボルジオが走ってきてマコラを端に移動させてくれたのでビーコとチャトラはすぐに着陸できた。


「お疲れ様ボルジオ、今日はギルドの仕事だったか」


 そういうと、ボルジオが首を横に振った。


「いいえ、今日はお三方の送迎で来ました」


 お三方?


「やれやれ、あの堅苦しそうなのがいなくなったかと思えば今度はお主等か。なかなか好き勝手はできぬのう」


「ここのバルコニーは北岬砦から見えるからな。マザーに見つからずにすんでよかった。もう少しゆっくりしたいしな」


「あの方に比べればザートは比べものにならないほど優しいんじゃないか?」


 シャスカにジョアン叔父にフリージアさん。

 三者三様に表現するけど、評する対象は一人だ。


「やっぱり、砦にいたのはマザー本人だったのか」


 ふたたびメモに視線を落とすと、確かに代表者としてマザーの本名、エレナ・アーヴル=シルバーグラスの名が書かれていた。




     ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


シルバーグラス一族の長を登場させました。

ザートを追放した張本人、まさかの登場ということで、次回を楽しみにしていただければ深甚です。


皆様の応援が大変励みになっております。

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