第12話【築城計画(2)】



 作業に取りかかって数日、シリウス・ノヴァの土台が完成した。

 作業は六割がたコリーが蛇神の祭壇を使って行った。

 残り一割を成型した土魔法使いが、一割を測量した衛士隊が、二割を岩石の補充などをした僕が行った。


 僕の作業割合が低いのはやってくる敵をほぼ僕が倒す必要があったからだ。


「こらチャトラ、ねだったってやらないぞ。可愛く鳴いてもだめ」


 カレンさんのワイバーンが僕に頭を擦り付けて鳴いてくるけど、断固とした決意を表すためにそっぽをむく。


 最初はバスコさんや衛士隊が対応していたけど、やってくる敵には亜竜も多く、倒して残った死体をビーコとチャトラが食べ始めたのだ。

 自分から殺そうとはしないのに死体になったら食べようとするのだから竜というのはわからない。

 なんにせよ理由がわかるまで安易に食べさせないため、僕が亜竜を倒し、即収納することにした。


「ビーコ、良い子にしてたらあげるから我慢なさい……はぁ、それにしても来た時とかわらない景色ねぇ」


 オルミナさんが、退屈そうに、どこかあきれながらため息をついた。

 目の前には冬の寂しい砂浜でできた海岸線だ。


「見た目はな。まったくとんでもねぇ法具だぜそいつは」


 ショーンが波打ち際をゆっくり併走するコリーが操縦する『竜神の祭壇』を見て言う。


「本当だよ。これがあったら道路なんてあっさり出来てたのに、存在を忘れてたとか、団長はちょっと反省すべきだぜ」


 コリーは土木作業用法具をなでながら抗議してきた。


「道路については悪かったよ。でも本当に、その法具があったからこそこの偽装都市がつくれたんだから感謝しないとな」


 波打ち際を槍の石突きでたたくとカツンという砂ではあり得ない音と手応えが返ってくる。


「そうだな。この下が全部一枚岩に変えられていて、沖に五ジィも行けば戦艦も着岸できる深さになっているなんて普通考えねぇもん」


 シリウス・ノヴァ建設で一番苦労したのが、目立たないのに堅牢、という矛盾する性質をもった城塞都市をつくる事だった。

 交通の要衝に、ろくな守備もされていない堅牢な良港があれば誰でも占拠したくなる。

 少なくとも必要とされる時まで、シリウス・ノヴァには眠っていてもらわなくては困るのだ。



「次は岬だな。竜使いの二人は上でまっていてくれ」


 皆をうながして岬の岩山に作られたつづら折りの階段を上っていく。


「うはー、海風が冷たかったー。でも良い眺めだねぇ」


 マントの虎の毛皮から顔を出したデボラさんの言うとおり、上部を平らに調えた岬の頂上からの眺めは見事だった。


「だな。もし敵が味方の船を追ってここに来たらここから大砲を撃つんだ。竜騎兵の詰め所もここに……」


 振り向いた先には岩をくりぬいた巣穴、といった感じの竜舎にすでにビーコとチャトラが入ってくつろいでいた。


「すごく居心地がよかったわ! あれなら士気もあがるわね!」


「そうですね。哨戒任務の後もあそこならよく休めそうですー」


 楽しげに二頭の間からでてきた、奥の宿舎でくつろいでいたらしいオルミナさんとカレンさんが僕らを見て固まる。


「ほう? アタシらが冬の海風にさらされていた時にずいぶんぬくぬくとしていたようだねぇ」


「ですよね、ボクの手も赤くなっちゃって、誰かの服の中で温めてほしいですよ」


 デボラとミワがにじり寄った直後に悲鳴があがる。

 いつの間にかカレンさんもみんなに溶け込んだ感じだなあ。

 ま、竜舎が気に入ってもらえて良かった。

 彼女ら四人を置いて半島の北側を内陸へと歩いて行く。

 

「うわぁ、ちょっとこれは怖いかも……」


 リュオネが何の手すりもないつるつるの床の上から崖下をのぞく。

 ここは半島の北側の崖だ。

 少数の敵からの奇襲を避けるために上れない工夫をしている。


「でもさ、私みたいに土魔法を使ったら足場なんて簡単に……あれ?」


 リュオネが使おうとした土魔法が発現しなかったことに首をかしげた。


「どうも竜神の法具でつくった構造物には耐魔法効果を付与できるらしいんだ」


「そうか、よく考えたら長城壁が壊されたって話はきかないね」


「一定以上の強力な魔法や攻撃じゃないと破壊は出来ないだろうね」


 鑑定にはそう書かれてあった。

 逆に言えば長城壁を壊しうる魔法は存在するって事だ。

 敵がそれを持っている事は考えなきゃいけないな。

 そんな事を考えながら進むと、目の前に奇妙に折れ曲がった土塁が見えてきた。


「これがミンシェンが教えてくれた星形城塞……なんだよな団長?」


 バスコがちょっと疑わしそうに顎に手を当てながら足元をみて、遠方の折れ曲がった角を眺める。


「中央陣地から隣の陣地にとりついた敵兵を魔鉱銃で狙えるのは理屈ではわかるけど、敵兵の数が圧倒的に上だったら今度こそ袋のネズミじゃないの?」


 ここが大軍で攻められるなんてことになるのは最悪に近い状況だけど、余りに奇抜な堡塁なので疑ってしまっているんだろう。


「一度かぶせている土を取り払って確認しようか」


 レナトゥスの刃を振るい、目の前三ジィくらいの堡塁上にある余計な土を取り去ると、なだらかだった丘の下から五ジィの長城壁と、その下に幅五ジィ、深さ十ジィの堀が現れた。


「難民が入った時点で土魔法使いが偽装を取り去るけど、返しがついてるから土をかぶせた状態でも魔獣の侵入は防げる。それにこの星形城塞自体、敵を引きつけるおとりだ」


 土を元に戻してまだ未開拓の市街地を一直線に横切る。


 さっきデボラさんが言った事は確かに真実ではある。

 この地に圧倒的多数の敵が上陸している時、それは今コズウェイにいるブラディア海軍がレミア海の制海権を奪われた時だ。

 そうなったら船で脱出はできない。

 陸路で逃げるほかないのだ。


 そのための陣地をコリーにいって作ってもらった。

 城塞の端、半島の北の付け根から内陸に伸びる丘に向かってレナトゥスの刃をふるい、土の覆いを一気に取り去る。

 すると、そこに緩やかに、デボラさんの連刃刀のような凹凸をもった上り坂が現れた。


「……このすり鉢状の観客席みたいな陣地で後退しながら敵をなるべく食い止める」


「その間にティルクの人達は海岸沿いの道から逃げてもらう。もちろん私達もしんがりを務めるけどね」


 リュオネが自然に口にした”しんがり”という言葉に顔色を変える者はここにはいない。

 そこまでいけばもう敗走で、生き残れるかは運だのみとなる。

 もちろん、僕もリュオネも生き残る方法を考え続けている。


「今思ったけどさ、この地形、そのまま畑にならないかな?」


 皆に”何言ってんだコイツ”という目をされた。

 このアウェイ感もなんだか久しぶりな気がする。


 ティルクの人々を逃がした後も皆が助かる方法はないか、あるいはここに来る前に安全を確保する戦略は見つからないか、今この時も考え続けている。

でもそれだけだと疲れてしまう。


「畑……この辺りの植生ならダッタンの実やオーツは育ちますね」


 だから、防衛陣地をはたけにするなんて冗談のつもりだったんだけど、ポールが生真面目に考え始めたのがおかしくて笑ってしまい、一瞬遅れて伝播していった。


「団長……、僕は真面目に答えたんですが」


「いや、馬鹿にしたわけじゃないんだ。大事な事を思い出させてくれてありがとう」


 一人わかっていないポールにもう一度礼をいう。


 そう、大事な事だったんだ。

 ここにたどり着いた時は悲惨な目にあっていて、何時敵がせめてくるかわからない、心に余裕が無い状態というのはかんたんに想像できる。

 そんな時に魔獣を狩るならともかく、きっと農業なんて気の長い事はしないだろう、そう思い込んでいた。


 でも違う。

 僕らがそれを受け入れるのは違う。

 どんな悲惨な状況でも、刹那的な生き方を、少なくともティルクの民にさせてはいけない。

 希望を持たせるのが上に立つ者のつとめだと、改めて理解できたんだ。



     ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


新拠点の土台ができた所で、意外な所で気付きをえた主人公でした。


皆様の応援が大変励みになっております。

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