第07話【団長としての判断】
冬の朝というには少し日が高くなった午前中、僕とリュオネは竜騎兵隊の一人、ボリジオのワイバーンに乗ってグランベイ方面に向かって飛んでいる。
「竜使いの位置だとまだまぶしいな。悪いねボリジオ、急にお願いして」
「珍しいとは思いましたが、構いませんよ。まぶしいのだってほら、技術部のこれがありますし」
ボリジオはそういって頭の上にあげていたバイザーを下ろしてみせて笑った。
濃い褐色の肌に厚い胸板は大木を思わせる安定感だ。
けれどその外見とは裏腹に、ボリジオはとても合理的な考えをする。
オルミナさんやバシルみたいに突出した能力はないけれど、信頼がおける竜使いだ。
「それじゃあこのままグランベイまで飛んでくれ。僕らはしばらく情報収集するから、その間は羽根を伸ばしていてくれ」
「ならお言葉にあまえて、市場でも見て回ってますよ」
リュオネのいる鞍の後部に戻ると、リュオネが後ろを向いて長城を眺めていた。
「今
「五基目だね。第三十字街から離れるほど間隔が空いていってるよ」
革紐に捕まりながら鞍の上に立ち、リュオネの頭越しに緩やかに曲がっていく長城壁を見ていく。
「あ、六基目だ」
馬車の休憩所になっている尖塔を中心に広がっている長方形をリュオネが指さした。
僕らがみているのは王国軍工兵隊が作っている簡易出城だ。
作る速さを重視したせいか、高さは出城の半分くらいで魔獣の襲撃から逃れられる最低限しかない。
兵士の宿舎を併設しているから魔獣がやってきても問題ないということか。
簡易出城はコズウェイ側に作られているので、アルドヴィン勢がロター領に侵入しても長城壁が敵の手に落ちるまでは安全だ。
「簡易出城の下には街道が作られてるね。逃げる時はあれを使うんだね」
おそらく王国軍の工兵隊が作ったんだろう。
当たり前のように作られているけど、一直線に途切れること無く長城と併走するように作られた舗装道は、長城が使えなくなった時を想定していない限り新たに作ることはない。
「そうだな。クランやティルク難民も逃げる時は使わせてもらおう」
今朝、”【白狼の聖域】が十字街の拠点防衛を担うだろう”という昨晩の自分の言葉を思い返し、改めて戦争に対するクランの立ち位置を確認する必要があると感じた。
しばらく回生作戦を優先していたので、新しい情報を確認する必要がある。
そのために僕はリュオネを誘い、ギルドグランベイ支部の依頼を受けに向かおうとしていたボルジオに乗せてもらったのだ。
「ブラディア王国がどういう戦略をとろうと、【白狼の聖域】の目的はぶれないようにしよう。具体的にはティルク人難民の保護を最優先とする、だな」
改めて目的を確認するつもりで口にしたけれど、リュオネの表情がすぐれない。
皇国軍の立場とも共通しているし、間違えていないよな?
「クランの目的は難民保護だけど、ザート個人の目的を忘れちゃだめだよ?」
そんな事ない、という言葉が喉まで出かかったけれど、リュオネのいつもとは違う厳しめの声色と口を真一文字に結んでこちらをぐっとのぞき込む表情をみて、口にするのをためらった。
僕個人の目的は狩人になり領地を持つ貴族になる事だ。
そしてこの願いは近いうちに叶うだろう。
根拠はギルベルトさんに言われたからじゃ無くてブラディアの戦略の問題だ。
【白狼の聖域】は元軍人が多数所属し、幹部の単体戦力も充実している。
団長である僕は神シャスカ=アルバの使徒であり、魔鉱銃、リッカ=レプリカを開発、量産化する技術者集団を抱え、飛竜四体を雇うことができるほどの財力を持っている。
しかしこの集団は土地にとどまらなくても生きていける。
いつブラディアを離れてもおかしくないのだ。
僕がブラディア王なら、この集団をブラディアにとどめるため爵位と領地を用意するだろう。
僕の願いはかなう。
その言葉にかすかな違和感を感じた。
違和感を一度意識すると、膨らむ一方だ。
そもそも、貴族になるのが僕の”目的”だったのか?
貴族になってどうしたかった?
貴族、すなわち領地をもつ事は盤石の地盤を築くことだ。
地盤があれば人や誇りを守れる。
守りたいものを守りたい。
そんな単純なわがままが、僕の目的だった。
「ありがとうリュオネ、僕は目的を思い出したかもしれない」
遠ざかる景色を見ながら言葉をつむぐ。
領地をもつ貴族は手段だ。
どれだけブラディア王に望まれようと、僕の目的と違えるなら、捨ててもいい選択肢なんだ。
だから”この戦争は負けても良い”
負ければ失うものは多いし、団員の命を預かる身としては絶対に負けても良い、なんて口にすることはできないけど、命をあずかるからこそ、合理的に考える。
判断の基準を間違えたらいけないんだ。
幸い【白狼の聖域】には今、凝血石にならない現金が潤沢にある。
この使い道が今きまった。
「リュオネ、僕たち【白狼の聖域】の新しい拠点を作ろう」
つよい決意とともに発した言葉に合わせるように、リュオネはさっきまでとは違う、力強い笑顔で応じてくれた。
おなじ負けるでも、”悪い負け方”、”良い負け方”がある。
僕は団長として、”良い負け方”のための布石を打つ。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます
ザートが自分の中で戦争の意味をはっきりとさせました。
自分が守るべきものは何か、それは物語の先ではっきりとします。
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