第06話【世界の説明、のち女帝リュオネ】


 山側の領民が全員強制疎開。

 串焼きをつまみにウルフェル飲みながら言う内容じゃないよね。


「王国は領民が落ち着くまでは戦争は避けるでしょう。この第三十字街は難民が落ち着くまで二、三ヶ月かかりました。ただし、それは私達【白狼の聖域】が迅速に居留地を整備し、工廠と農場いう職場を整備し、衣食住を整えたからです」


 スズさんがフェスクビーフのステーキを口に入れながら今後の見立てを口にした。相変わらずの健啖である。

 厨房もスズさんの食べる速さをわかっていて、注文されたもののうち早く用意できるものからさっと出してくる。


「自画自賛しているみたいだけど、確かに僕たちが頑張ったから短期間で難民が自活できるようになったと僕もおもうよ」


 ジオード豆のサラダをウェイトレスから受け取って答える。

 きっと三領からの移住者が落ち着くには三ヶ月以上の期間が必要だろう。


「逆に言えば最短で三ヶ月後には戦争が始まるという可能性が出てきたとも言えます。実際、すでに大手クランには王国軍や領軍から誘いがかかっているという報告が上がってきていますので」


 そうか……ペトラさんやアルマンさんの所にも当然誘いがかかっているだろうな。魔鉱銃を売った軍には【白狼の聖域】の精鋭パーティを指導役として送っているけど、銃をつかった実戦経験はどの軍も欲しいだろうからな。


「のうザート、【白狼の聖域】には王国軍などから誘いがかかっておるのか? これだけ精強な組織ならどこも欲しがるじゃろう?」


 空気の読めない神様が横から余計な事を言ってくる。

 お前を守るために動けないんだよ、と言いたいけれど、まだ一般団員にシャスカを神様だと知られてはいけない。


「王国から打診はないけど、私たちの多くはここの防衛を任されるんじゃないかな。周辺の地形は熟知しているし、今まで工兵隊を中心に第三十字街で攻城戦、防衛戦を繰り返してきたから王国軍や他クランより上手くできる。それに、自分達で保護した人達を置いて戦いに行けないよ」


「そうか、お主らはそもそもティルク人。ティルクの民を守るための組織じゃったな」


 どこか嬉しそうにシャスカがブドウから作られたマルドを口にする。


「今更なんだけど、お前の使徒がティルク人を守ってるのは問題ないのか?」


「我はそなたにこれまで築いたものを捨ててまで使徒になれ、とはいわぬ。それにティルク神と我は世界が隣接して以来の友じゃからの。ティルクの子らは我が子も同然というわけじゃ」


 そうか、神様同士仲がいい場合もあるんだな。

 というか、自然に神と世界の関係が語られたような。


「シャスカ、前から気になってたんだけど、世界を管理する神様と大陸と人種ってどういう関係なの?」


「ふむ、そういえばクローリスはまったく別の世界からバーバルによって召喚されたんじゃったの」


 神様から直接世界については話を聞けるなんてそうそうない。

 カウンターに座った皆もそれとなくしずかになった。

 咳払いを一つすると、少し真面目な顔をしてシャスカがはなし始めた。


「我が神官から聞いた話によれば——」


 聞いた話にするのは神様だというのを隠すためか。なるほどな。


「神々と世界は独立して存在する。神界の神が貴族のように選ばれて土地の管理を任されるのじゃ」


 へぇ、てっきり世界は神様がつくったものだと思ってたな。


「任された際に与えられた魔素の入った血殻を大地に蒔く」


「生き物はどうやって生まれるんです?」


 クローリスが質問を続ける。


「”魂のうず”というものを地中につくっておる。最初の命は、動植物の魂が大地に染みだし、血殻を核に魄を育て実体となり生まれたのじゃ」


 壮大になってきた話を聞きながらスプーンの中のジオード豆を見る。

 この一粒一粒にも魂が入っているのか。


「魔獣を倒すと凝血石だけ残して消えるじゃろ。あれは二つの世界の境界の隙間から向こうの魔素とともに魂まで移動してくるからじゃ」


「それならその隙間を埋めちまえば魔獣もいなくなるのか?」


 マーサさんが質問しながらマスターから蒸留酒のヴィッテのおかわりをもらっている。

 あれだけ飲んでほろ酔いというのがいかにもドワーフらしい。


「いや、いなくはならん。どの世界にも異世界の魂が移動できる程度の狭間は生まれるからのう。完全にとじる事はできんのじゃ。それに、ライ山の付近には受肉した魔獣が多くおったじゃろう。異世界で受肉した生き物は繁殖する事が出来る。いちどいついてしまえば、くじょするのはむつかしい」


 シャスカが悔しそうにマルドを飲み干す。

 まだ一杯目だけど、シャスカは酒に強くないから舌の回りが少し怪しい。


「繁殖……そういえば、魂から受肉した後の生き物の魂はどうなってるんです? 親からもらうんですか?」


 クローリスが魚のすり身を飲み込んでホウライ酒で流し込んでいる。

 なんだか所作が無駄にこなれてないか?


「魂は魂の渦から同種の魂がやってきて親の腹や卵に入るのじゃ」


 それを聞いたクローリスの目が光る。

 絶対ろくでもない事考えているな。やつの言うことが僕にはわかる。

 でも今は静観を決め込むしかない。

 男の僕が話をさえぎればろくなことにならないからだ。


「でも魂が入る前には血殻で出来た核が必要じゃないですか。その核っていつどうやって生まれるんですかー?」


 ホウライ酒を片手にねーねーとからむ姿がはげしくウザい。

 まるで酒場のウエイトレスにからむおっさんだ。

 一方シャスカはさすがにその辺りの知識はあるのだろうけど、軽くいなせるほど大人ではないようで、顔を真っ赤にしている。


 そして大人な女性達も多少の酔いもあるのだろう、クローリスを止めることなく、真っ赤になってうなっているシャスカやリュオネを面白そうにみている。

 頼みの綱のスズさんはちょうどマスターと一緒にウルフェルの樽を取りに行っていていない。


「う、うぅ……ザート! お主は我の下僕であろう! あやつをなんとかせい!」


 恥ずかしさが限界に達したのか、シャスカの大声がホールに響き渡る。

 静かになった後ろを振りかえれば、早くから飲んでいた団員達があっけにとられた顔をしてこちらを見ていた。

 ただの大声ならここまで静かにはならない。

 どう考えても”我の下僕”発言のせいだ。


「ちがう、こいつは——」


 言えない。

 神様だ、ってばらしたらこいつがアルドヴィン王国狙われる危険度が跳ね上がる。

 回っていなかった酔いが急に襲ってくるように視界が歪む。

 このままじゃ僕はこの”異国の姫様”の下僕になってしまう。

 どうする? どうすればおさまる? 


「ザート」


 声の大きさは至って普通、怒りでうわずっても居なければ、悲しみでしずんでもいない。ただ平坦なリュオネの声。

 涼やかな女帝の声が一息でこの場の空気を支配してしまった。


「ザートはシャスカの下僕なの?」


「いや、違うな。下僕じゃない」


 自分でも不思議なくらい自然に言葉が出た。

 例え使徒であってもこれまで築いてきたものを捨てる必要はないとシャスカは言った。

 なら、これまでの人間関係も壊す必要はないのだ。


「だってさ、シャスカ」


「う、うむ。いささか度が過ぎた冗談、冗談であった。ゆるせ」


「ごめんなさいリュオネさん調子にのりました」


 震えながらも必死に威厳を保とうと笑うシャスカ、そして呼ばれてもいないのに全面的に三下感をだして頭を下げているクローリス。

 僕が下僕と誤解されるのはさけられたけど、今度はこの雰囲気をどうしよう。


「おまえ達! 今日はマスターがグランドルの本店から酒を引き上げてきた。悪くなる前に飲むぞ! 飲みたい奴はジョッキをもって一列に並べ!」


 二度目の静寂を破ったのはスズさんだった。

 手にはウルフェルの大樽が抱えられている。

 身体強化つかってないよね?


「お、おう! 並ぶぞお前ら!」


「うっす、お供するっす!」


 空気をよんで大声を上げた古参の団員に若手が続く。

 さすが、普段からスズさんのげきを受けながら訓練しているだけある。

 たちまち場はもとの喧噪を取り戻した。

 よかった、一時はどうなることかと思った。


「毎度あり。あの大樽、ザートのツケにしとくぞ?」


 いつの間にかカウンターに戻ってきたマスターが開けたばかりの樽から注いだウルフェルをカウンターにおいてニヤリと笑った。


 余計な出費をした原因のクローリスに文句を言ってやろうと首を回すと、席が空になっていた。

 飲酒の中休みなのか、暖かそうなソイココ粥をすすっているマーサさんと目が合う。


「二人ならリュオネに連れられて二階に上がってったぞー」


 説教でもくらっているんだろうか。

 それなら僕の出る幕はないだろうな。

 安心していると、マーサさんがニヤリと笑って身を乗り出した。


「お前ら、しばらく見ない間にずいぶん良い関係になってるじゃねぇか。結婚式は何時にするんだ? ん?」


 酔っ払い親父がここにもいたよ!


「リュオネちゃん、あんなに独り占めしたいタイプだったかしら?」


「普段は仕方ないと思いつつ、ついぽろっと出てしまったんだろう」


 他の女性陣も興味津々という感じで色々言い始めた。

 やめてくれ! 僕はそういうのはゆっくり行きたいんだ!




     ――◆ 後書き ◆――


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