第05話【元ギルマス、就活をする】


「うぅ……フリージアさぁぁぁん!」


 いつかのようにマーサさんが目に涙をためてこちらに走ってくる。

 そのまま泣きじゃくる小さなドワーフの赤毛を受け止め、フリージアさんが不器用に優しくなでた。

 身体を再構築した時、フリージアさんの古傷はすべて消したので、彼女の指は本来のたおやかなそれに戻っている。


 フリージアさんの平服は革のロングスカートだ。ボックスプリーツの内側にアコーディオンプリーツを入れていて、細身のフリージアさんににあっている。

 衣装をつくったうちの技術部も満足げだった。


「久しぶりだなマーサ。お前は相変わらず小さいな」


「そんなのドワーフだから当然だろぉ……」


「そ、そうか、すまない……」


 フリージアさんは泣き止まないマーサさんに困り切った様子で、縮こまるようにしゃがんでマーサさんに謝っている。


 横で目を細めて二人のやりとりを眺めていたジョアン叔父のところに、残りの二人がやってきた。


「お久しぶりですジョンさん。憶えてますか【クレードル】のエンツォです」


 マスターとフィオさんが丁寧に頭をさげるのを見て、ジョアン叔父は困ったように頭に手をやる。


「馬鹿でかいクランを作ったお前らを忘れるはずがねぇよ。フィオの嬢ちゃんもすっかり大人になっちまって、その様子だと念願かなったってとこだな」


 マスターの横で頭をさげていたフィオさんが真っ赤な顔で照れている。

 あんなフィオさん見た事無いな。


「異界門事変では最後までお供できず、申し訳ありませんでした。異界門が閉じられた後のあらましはザート君から聞いていましたが……言葉にできません。本当に良かった。あの時助けていただき、本当にありがとうございました」


 改めて深く腰を折る姿にため息をついたジョアン叔父は、二人の身体を無理矢理引き起こして軽く叩いた。


「生き残った奴らをまとめて撤退する仕事はお前らじゃなきゃできなかった事だ。卑下せず胸をはれよ。それはそうと、リズとジョージはどうした? リザとはちょっと顔を会わせたんだが」


 あ、そうか。ジョージさん達が皇国に特使として派遣されている事をいってなかった。


「伝えてなくてごめん。事変の後、ジョージさんはグランドルの子爵になったんだ。それで今は皇国に特使として派遣されてる。そろそろ帰ってくるはずだよ」


「なんだそうだったのか……ま、それならいい。【クレードル】が一人も欠けずに引退生活を送れてるのがわかってなによりだ。シリウスに帰って酒でも飲みながら話そう」


 旧世代の元冒険者達が笑いながら十次街の階段を上っていく。

 その後ろ姿を見ながら僕は違和感を禁じ得なかった。

 ジョアン叔父ってソロ冒険者だったんだよな?

 勝手にコミュ障なイメージを持っていたけど、実は全然違ったのか?



 シリウスの酒場に着くと、練兵場から戻ったリュオネとスズさんがいたので合流する。

 マスターがバーカウンターに立つのってなんか久しぶりに見た気がするな。

 

「俺、引退した後、ジョージが領主をやってるグランドルでコロウ亭っていうかけだし向けの宿屋をやってたんですよ。そこでザートに会って……まあその辺りはおいおい話すとして、今じゃ【白狼の聖域】のアドバイザーをやってます」


 注文を聞かずにウルフェルをドンとカウンターに置くマスター。

 どうせお前ら一杯目はこれだろ? と疑う事無く押してくるこのスタイル。

 変わりませんね。


「へぇ、そうだったのか。ここも【クレードル】ぐらいでけぇクランだし、俺もここにきて日が浅ぇから知らなかったな。で、お前ら帰るわけでもねえんだろ? そのコロウ亭はたたんじまったのか?」


 そういえばスタッフに任せているって話だったけど、もうコロウ亭にいたスタッフ全員こっちに来てるよな?


「お店をたたみに行って、ついさっき帰ってきたんですよ。思い出もたくさんある家でしたけど、ブラディア王国軍がグランドルの民間人を強制疎開させる決定したから仕方ないですね。冒険者ギルドも閉鎖して、マーサも出る所だったんで一緒に第三十字街にもどってきたんです」


 ん? 王国軍がグランドル住民を強制疎開?

 一瞬戸惑ったけど、その言葉でさきほどまであった疑問が氷解していった。


 一つは第三長城壁沿いに作られた簡易出城の多さ。

 ぱっと聞いた感じでは、その収容人数は王都の人口を超えていた。

 それこそ、王都以外の山側の出城三つ分の人口も入るくらいだ。


 もう一つは通過する移住者。

 移住者には農村集落に居たと思われる人達もたくさんいた。

 土地から一番離れたがらない彼らが移動するのだから、グランドル領内に人はほぼいないと見て良いだろう。


 最後はマーサさんだ。

 グランドルのギルドマスターをしているはずの彼女がなんでここに来れたのか。答えはギルドが無くなったからとしか考えられない。


「そうだザート! あたしギルドを辞めてきたぞ! ここでやとってくれ!」


 まるで心の声に応えるかのようにマーサさんがカウンターの反対側から自己アピールをし始めた。

 辞めてから就職活動をするのはリスキーだとジョージさんに教わらなかったのかなこの人。


「リュオネ、たしか皇軍組以外の冒険者をまとめるポストが空いていたよな? マーサさんにはそれをやってもらうってどうだろう?」


「賛成! マーサさん、また一緒だね!」


「ああリオン、じゃなかったリュオネ! あたしはバリバリ働くぞ!」


 リュオネに相談したら即採用が決まってしまった。

 ウルフェルを片手に盛り上がる二人を囲む人達もすっかり歓迎会ムードだ。

 なにこのスピード入社。


「すいませんスズさん、マーサさんは現場第一主義、というか現場でしか役に立たない人なんですけど、皇国軍人以外の冒険者をまとめる幹部に採用していいですか?」


 まるで見づらいものを見るように顔をしかめていたスズさんがため息をついた。


「つまり、ハンナみたいな人なんですね。ギルドマスターだったなら冒険者も言うことを聞くでしょうし、良いと思います」


 事後承諾だけど、結果的に正解だったようだ。


「それよりも確認したいのは、王国軍が放棄したのはグランドルだけなのか、という所です。マーサさんにくわしく聞きましょう」


 本格的に酔っ払う前に、とつぶやくスズさんの視線の向こうにはウルフェルを一気飲みするマーサさんの姿があった。


「マーサさん、もしかしてバーベンやニコラウスの住民も強制疎開されてたりしますか?」


「おう、されるはずだぞ。人が一気に押しかけると問題だから数日ずらしながらだけどな」


 バシアナ鳥の串焼きを豪快に食べながらマーサさんが答えた。




     ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


マーサ、ようやく合流しました。

幼女(偽)を一人放置していたのは割と心が傷んでいたのでよかったです。



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