第04話【かつての後輩との再会】


「なんか人が多くないか?」


 十字街のホールに出ると、大きな荷物を持った人達がグランベイ方面に抜けるために列をつくっていた。

 まるで年越しの時みたいな賑やかさだ。


「第三十字街が手狭になってきたからグランベイとの間に出城を作ってたじゃないですか。それが完成したらしいです」


 クローリスがこちらを振りかえりながら説明してくれた。


「そうか、新しい出城が完成したから王都は山側の出城から人が来ているのか」


 独立戦争でブラディアの関所でもある王都は主戦場になる。

 それにグランドル・バーベン・ニコラウスの山側出城は戦争になったとき守るメリットが薄い。

 グランドルの建物の屋上に作られていた庭園を思い出す。

 住んでいる人達には申し訳ないけど、防衛のためには仕方が無いと思う。

 新しい出城は十字街のように門の上に作るわけではないので比較的簡単にできるらしく、ちょっと前から複数作られているという話だった。

 第三十字街での入植が上手くいったから、グランベイ領でもするという話だったかな。


「ファストプレーン男爵がもうかっているって考えると腹が立ちますけど、疎開するというなら仕方ないですね」


 仕方ないといいつつクローリスの顔は苦いオーレンをくわえた犬のような顔をしている。

 クローリスは本当にあの男爵が嫌いだな。俺も嫌いだったけどさ。

 でも安心してくれ。あいつはとっくに国家反逆・外患誘致の罪で捕まっている。

 多分もう表舞台には出てこないし、そのうち死罪になるぞ。



「ミンシェンー、ミンシェーン!」


 賑やかになる一方の工廠の作業音に負けないクローリスの大声が屋内に響き渡る。

 【白狼の聖域】の装備だけじゃ無く、王国軍や領軍の装備も作るようになり工廠の建物はどんどん拡張されているのだ。


「……名珍信子」


「やめなさいよ!」


 クローリスがミンシェンの本名を口にしたとたん、風が巻き起こる勢いで作業室の扉が開きミンシェンが飛び出してきた。

 扉がいやな音を立てながら揺れている。

 すぐ側で固まっている技術部の団員に後で治しといてと頼むと、いつもの事ですからね、と肩を落とされた。いつもかよ。


 いい加減にしないとこれ続けるわよ! と行った直後、ミンシェンが早口でなにやら詠唱し始めるとクローリスがもだえはじめた。

 なんだ、状態異常系の魔法か?


「クロちゃんクロちゃんクロちゃんクロちゃんクロちゃん」


「やめてヤメテやめてヤメテやめて〜!」


 クローリスの本名は黒川アリスというらしく、クロちゃんではない。

 けれどクローリスはクロちゃんという呼び方にトラウマがあるらしく、激しく嫌がるのだ。

 耳をふさごうとするクローリスの手をミンシェンががっしりとつかんで耳元で囁き続けている。

 はた目から見ていると色々不安になってくる。


「のう、こやつらは何をしておるんじゃ?」


 隣で見ていたシャスカがジト目になって二人のやりとりを見ている。

 何をしているんだろうな。異世界の頃の本名を呼ばれるのが嫌、という所まではわかるけれど、なぜここまで嫌がるのかわからない。

 ついでに言えばなぜおなじ所に古傷を持つ者同士が傷付け合うのかわからない。

 相手がやられて嫌だというのは自分が一番よくわかっているだろうに。

 いや、それを考えると、意外とこいつら傷ついていないんじゃないだろうか?


「……じゃれあい、かな。そろそろ話を進めたいんだけど」


 僕の呟きにシャスカが納得したのかニヤリと笑った。

 さっきの温室でしたのとおなじ顔だ。

 ここ数日のつきあいだけど、シャスカは人をからかうのが好きらしい。


「わかった、では話を進めよう……『めいちんクロちゃんめいちんクロちゃんめいちんクロちゃん』」


「「やめて!」」 


 シャスカの高速詠唱によって二人はやっとこちらを向いてくれた。

 共通の敵を持つと仲が良くなるって本当だな。



「じゃあ、今から見せるから皆そこにいてね」


 装備を用意するために作業室にいたジョアン叔父とフリージアさんも加わり、ミンシェンの開発した魔道具を見る事になった。

 元々これのために来たんだからな。

 ミンシェンは手に持っていた筒上の魔道具を少し離れた床に向ける。


「え、ザート⁉」


 クローリスたちの目の前に、なぜか伏せ撃ちの体勢になっている僕の幻影が現れた。


「どういう仕掛けだ? 幻影魔法の一種か?」


 ジョアン叔父が顎をさすりながらミンシェンに訊ねる。


「そうよ。幻影魔法は実体のない虚像をつくるなら術者本人が近くに居る必要があるし、違う姿に化けるなら中身が必要だった。そもそも幻影魔法は難しく、魔道具にできなかった。そこで私はケワイの髪飾りをヒントに、”本人がそこに居なくてもいい、色々な姿になる中身のない幻影”を作る魔道具をつくったの」


 簡単に言えばデコイね、と腕をくんで得意げな顔をしているミンシェンにはわるいけど、ごめんちょっとピンときてない。


「動かないのなら幻影とすぐばれるのではないか?」


 フリージアさんの言うとおり、幻影魔法は本来、相手が自分だと思って幻影を攻撃した際、生じた隙に攻撃をしたりするための魔法だ。

 幻影と見破られては意味が無いんじゃないか?


「そうね……わかりやすい例をみせるわ。クローリス、一度後ろを向いていてくれるかしら。あ、団長はこっちにきて」


 ミンシェンに耳打ちされ、なにやらわからない内に準備が整った。


「振り向いて良いわよ」


「え、なにもかわらないですよ?」


 こちらを見たクローリスが首をかしげている。

 僕はさっきの幻影とまったくおなじ伏せ撃ちの姿勢をとっていた。


「クローリス。あれは幻影なんだけど、もしかしたら団長本人かもしれないわ。もし団長だったらかなり痛く攻撃してくるんだけど、貴方は攻撃も何もせずあの前を素通りできる?」


 そういってミンシェンがしれっとクローリスに銃剣を渡した。

 予定にないだろそれ! クローリスの銃剣術はかなりのものなんだぞ⁉

 人が幻影のふりして動けない事をいいことに何してくれてんだ!


 

「幻影、幻影……でも本物かもしれない?」


 こちらににじり寄ってくるクローリスの顔が必死すぎて笑えてくる。

 これはかなりキツいな……一秒でも笑うと思ったら負けだ。間合いに入ってくれれば攻撃できるのに。


「……無理ぃ!」


 先に動いたのはクローリスだった。

 こらえきれずに放たれたクローリスの全力の斬撃を避けて頭に手刀を落とす。さすがに銃剣で殴るのはやめておいた。


「いったい!」


 頭を押さえてうずくまるクローリス。

 うらめしそうにこちらを見てくるが、僕は実験に参加しただけだ。

 うらむならミンシェンを恨め。


「このように、”本物かも知れない”相手に対してほとんどの人は虚実をはっきりさせるために攻撃をします。中距離から攻撃される可能性がある銃をお互いにもっているならなおさらです」


「なるほど、無人の砦などに並べれば有効かもしれねぇな。そこに今のザートみたいに伏兵を紛れ込ませるのもいい」


 ミンシェンの説明にジョアン叔父がしきりにうなずいている。

 ブラディアとアルドヴィンでは兵の総数にかなり差がある。

 確かに、術者がいないところにこの精度の幻影を生み出せるこの魔道具があれば戦術の幅は広がるだろう。これは採用したいな。



「じゃあ幹部で詳細を検討するから資料を用意しておいてくれ」


 まだ残って仕事をするというミンシェンに見送られて外に出ると、空の雲にはかすかに赤色がさしていた。

 仕事を終えた職人がちらほらと行き来している十字街の壁の前に、予想外の顔ぶれが立ち尽くしている。


「ジョン……さん」


 つぶやいたのはエンツォさん,フィオさん。

 そしてグランドルでギルドマスターをしていたはずのマーサさんがこちらを驚愕した顔で見つめていた。



    ――◆ 後書き ◆――


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デコイは古くは三国志、最近だと第二次大戦でもよく使われていたようです。


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