7章:皇国よりの来訪者

第01話【聖堂上会議】(旧六章エピローグ)

〈第三者視点〉


 アルドヴィン王国の都は大聖堂、カテドラル・アルドヴィンを中心とした都市だ。

 一本の巨大な高楼である大聖堂の周囲に関連施設があり、その学府群の南辺に王城がまるで大聖堂の番犬のように鎮座し、市街区と城壁が王城の周りを囲っている。


 年が明けて間もない今、王侯貴族達は王城、あるいはそれぞれのタウンハウスで新年の宴を毎晩のように繰り広げている。

 上流階級が散財すれば大なり小なり一般市民も潤う。

 庶民の酒場の明かりで冬の王都は明るく照らされていた。


 その光を、大聖堂の尖塔から眺める者がいた。


「猊下、そろそろ会議が始まります。ご準備を」


 細く切られた窓から外を眺めていた純白の法衣に身を包んだハイエルフ——守錠卿しゅじょうきょうは、ハイエルフ一般に見られる仮面のような無表情で振りかえると、無言のまま長大なテーブルの端にすえられた椅子に座り、すでに席に着いてた他の者達の顔を睥睨した。


 突き出た腹を法衣にくるみ次席に座るのは、アルドヴィンの大司教だ。

 守錠卿は先ほど自分を呼んだこの男から順に一人一人見ていく。

 アルドヴィン王国第一王子、アルドヴィン南方に領土を持つ公爵、魔法考古学研究所の責任者である伯爵。


 第一王子の姿形はほとんどハイエルフと変わらない。

 しかし今彼はしきりに自分の長く伸ばした金髪を落ち着き無く触っていた。

 公爵は暗青色の髪を短く刈った大柄な壮年で、普段は陽気そうな顔を神妙に引き締めている。

 末席の伯爵はあわれに思えるほど怯えており、今にも錯乱しそうな危うさがあった。


「封印の鍵、シャスカ=アルバは手に入らなかった。そういう事だな? ボワレー」


 第一王子が研究所の責任者に声をかけた。


「っ……はい。ご説明いたします。生き残った兵によれば、ドロシー教授の一隊は火口付近で起きた原因不明の魔素の爆発に巻き込まれました。おそらく法具の暴走かと。魔人になった教授となりそこないになった一部の兵はそのまま火口に登りましたが、誰も戻ってこなかったのです」


「その者は火口まで行かなかったのだな?」


「行く事ができなかったのです。冒険者らしき者達が火口から現れ、切り開いた道を潰してしまったそうです」


 うなだれる責任者を一にらみした第一王子がハイエルフに向かって一礼する。


「今この者が申した現場の状況から察するに、ブラディア王国側に火口を押さえられたと思われます」


 頭を下げる王国の三人に対して、大司教が唇をわななかせて大声を発した。


「結局、計画書を盗まれた異世界人の不手際のせいで計画を実行すらできなかったという事ではないか! 王子! この不始末をどうつけるのだ!」


「それは……この者を即刻処分いたします。おい!」


 床をドンと杖で突くと近衛兵が入り、泣き叫ぶ伯爵を部屋の外へ連行していった。

 その後も第一王子がしどろもどろに言い訳をするが、それで問題が解決にならないのは大司教もわかっている。

 しかし彼にも振り上げた拳の置き所がわからなかった。


 ハイエルフの守錠卿は表情をかえることなく第一王子達のやりとりをながめる。


 先の事変で封印の鍵を取り逃がしてより、大本山からの突き上げは日ごとに増すばかりだ。

 ハイエルフ達は異界門を封印する力を失ってから旧い神であるアルバを利用して異界門を封印してきた。

 アルドヴィンの大聖堂の功績であり存在価値は、アルバを縛り利用する事ができたという点であった。


 その価値を失ってしまった大司教と第一王子達、すなわち王国の首脳は”封印の鍵をブラディア辺境伯が持っている”という、一部の貴族がする根拠もない噂に飛びついたのだ。


「モルテン大司教、ボワレー卿を殺した所で問題は解決しないでしょう」


 うんざりした様子で公爵が大司教と第一王子のやりとりに割って入った。


「人ごとのように申すな! ボワレーはお前の寄子であろうが! お前にも責任はとってもらうぞ!」


 大司教に責められていたうっぷんを晴らすかのように第一王子が公爵に矛先を向ける。

 けれど公爵は焦る様子も見せずカラリと笑った。


「ハハ、責任ですか。ではアルバの居場所をお教えすれば責任をとったことになるでしょうか?」


「な、なんだと?」


 予想外だった公爵の言葉にあっけにとられ、第一王子は口を開けて固まった。


「お二方とも見落とされているようですが、ドロシー教授が浴びたのは高濃度の魔素ですよ? 輸送されていた法具は魔素を噴出するような誤作動は構造的に起きない。異界門事変の報告をお忘れですか?」


 気休め程度でもマスクをしていた、にもかかわらず彼女らは逃げる間もなく魔人となったのだ。


「その時、異界門が開いておったという事か……」


 大司教のつぶやきに公爵は口の端をつり上げてうなずく。


「それしかないでしょう。そして門は再び封印された。そうでなければブラディアの冒険者が姿を見せられるはずがない」


「それでは、封印の鍵は……」


 第一王子が腰を浮かせ、一縷の望みにすがるような目をして公爵をみつめる。

 それを見た公爵は一層笑みを深めたが、彼が見る先は守錠卿だった。


「ええ、封印の鍵はブラディアにあるでしょう。今朝とどいた書簡の通り」


 しばらく沈黙が続いた後、ドサリと第一王子が椅子に座り込んだ。


「やはり先を越されていたか……、こうなれば大幅に予定を変更せねばならぬ。開戦の時期を遅らせる手立てを考えねばならぬな」


「その点なら、皇国とやりあっている帝国が動かせそうですよ」


「また帝国と、お前に借りをつくるのか……クソ!」


 飄々ひょうひょうとしていながらなぜか帝国にパイプを持っている公爵に対し第一王子が悪態をついた。


「……話は終わったか?」


 氷の様に透き通っていながら聞く者を凍てつかせる声が守錠卿から発せられた瞬間、三人の誰もが言葉を発せられなくなった。

 聞こえるはずのない王都の喧噪が聞こえている中、最初に声を発したのは公爵だった。


「は。申し上げます。ブラディア辺境伯が保有しているシャスカ=アルバの絶対確保を今回の戦争の勝利条件といたしたく存じます。御心安らかにお待ち下さいませ。きっとお望みの成果を持って参ります」


「そうか、わかった。軍はお前の思うようにいたせ」


 守錠卿の承諾の言葉は絶対だ。

 こうして今回の戦争におけるアルドヴィン王国の目的は変わった。

 それは一重にこの公爵がなしたものだ。


 封印の鍵のありかを推定しておきながらあえて伏せ、守錠卿の前ではじめて口にすることで第一王子達の手柄ではなく、自分の手柄とする。

 そして機を見て発言し、実質の指揮権を第一王子から奪ったのだ。


 野心をにじませる公爵の笑みを、守錠卿は表情を変えずにただ見つめていた。


 


    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


敵方でも内紛やら色々あります。

新章ではようやくブラディアの王様が登場します。

ひきつづき新章をお楽しみくださいませ。


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