第58話【狩人達の再会】


 棺桶の中に白い炎が上がり、静かに収まっていく。

 現れたフリージアさんの脈だけ確かめると、僕は静かに棺桶に手をかけ、座り込んだ。

 戦闘にくわえて人体の再構成なんて無茶な事を今日二回もしたんだ。

 少しでも体力を回復させたいのでポーションを一息にあおった。


「成功、したの?」


「ああ、やったよ。急いで主賓を呼んで来てくれ」


 僕を引き起こしたリュオネの顔に浮かんでいた不安に一気に消し飛ぶ。


「わかった! すぐ呼んでくるよ!」


 明るい声でマントををひるがえし、かけていくリュオネを見つめてから柩の隣で空を仰ぐ。

 黒い雲は去り、白い雲がちぎれ飛ぶ、雨上がりの晴れた冬空が広がっていた。


「これから、どうしようか」


 僕とリュオネが天魔返矛と神像の右眼を使ってした事は肉体の再構成による魂魄の再反転だ。

 肉体の再構成ができるということは多分死病も分離できるだろう。


 僕らには医者になる能力はあっても医者になりたくはない。

 でも魔人になった人の家族や病人が大挙した時、僕らは拒絶できるだろうか。


「ま、後でシャスカにきくか。今はそういう時じゃない」


 視線を前にもどすと、少し離れた場所でジョアン叔父とシャスカが呆然と立ち尽くしていた。

 隣でリュオネが促したんだろう、一歩二歩と二人は歩み、こちらに向かって走ってきた。


「フリージア、お前は、お前は!」


 膝を石にたたきつけるように棺桶にすがりついたジョアン叔父は、言葉にならない激情に突き動かされるように眠り続ける人の名を呼び続ける。


 一方のシャスカは叔父と向かい合うように棺桶の反対側にすわり、フリージアさんの手をぎゅっと握っていた。


「お主は狩人になってからウジャトに入信した新参でもよく働いてくれた。異界門事変ではせっかく逃がしたのに、我らをずっとまっておったのじゃな。嬉しいぞ。はようその無愛想な目を開け」


 最後には涙声になったシャスカの呼びかけが届いたのか、あるいは乱れた雲の切れ間からさした光のせいか。フリージアさんの眉がかすかに動いた。


 周りのみんなも思わず息をのむ。


「…………また、夢、か」


 薄目を開けてジョアンとシャスカを見たフリージアさんは落胆の表情とともに再び目を閉じた。


 違う、この光景は夢じゃないんだ。

 もう夜は明けているんだ。

 もう来るともわからない待ち人を待ち続ける必要はないんだ。


 言いたい言葉を僕はぐっとこらえている。

 目の前に真実があることを伝えるのは僕の役割じゃない。


「フリージア、目を開いて身体を動かせ! 夢ならばできぬであろうが!」


 シャスカの一喝で再びフリージアさんが目を開いた。

 ゆっくりと棺桶に手をかけて起き上がり、しばらく夢うつつといった感じでいたけれど、唐突に首をぐるりとめぐらしてシャスカを不機嫌そうに見た。


「……誰だこのうるさい子供」


 瞬間、シャスカが泣きそうになる。

 僕が身体を再構成した時になにかミスがあったのか?


「シャスカ、お前自分が縮んだ自覚ねぇだろ……おい、フリージア。俺の事はわかるか?」


「……誰だ、このヒゲは」


 反対側に顔を向けると同時に放ったフリージアさんの冷たい言葉にジョアン叔父も固まった。

 けれどその顔に悲しみなどの感情は浮かんでいない。

 むしろうれしさをかみ殺しているように見えた。


「フリージア、お前本当は全部わかっているだろう。お前が冗談を言うときは指でなにかをコツコツ叩く」


「ばれたか。よく覚えていたものだ」


 のどをクックッとならしながら指摘するジョアン叔父に、フリージアさんは不敵にニヤリと笑って見せた。


「……で、本当の所、この子供は誰なんだ?」


 二人の会話に入れずモジモジしていたシャスカをゆびさした。

 フリージアさんの指は棺桶を規則的に叩いている。

 勘弁してあげてフリージアさん、本当に泣きそうだからその子。


「ばか者! 我の顔、見忘れたか!」


 シャスカが棺桶を乗り越え、フリージアさんの首にかじりつく。

 うぁーんと声を上げて泣く様子は子供そのものだ。


「シャスカ、許せ。嬉しくてつい意地悪をした」


 そういって抱きしめかえすフリージアさんの頭に大きな右手が乗った。


「フリージア、俺は? 俺との再会はうれしくねぇのか?」


 少しすねたジョアン叔父の問いに対し、フリージアさんはまぶたを閉じ、黙って叔父の裸の胸に頭をあずけた。

 微笑んだ顔から涙がこぼれ、叔父の肌をぬらしていく。

 叔父は黙って頭に乗せていた右手をずらし、頭をかき抱いた。

 再会の喜びにひたる三人を見て、皆も喜び、涙した。


「ね、フリージアさんって、ザートに似てない? 意地悪な所とか」


 隣で再会の場面をなみだぐんで見ていたリュオネがちょっと悪い顔をしてこちらを見ていた。


「似てます。フリージアさんのは可愛いくてザートのは可愛くないですけど」

 

 反対で見ていたクローリスがこちらをじろりと上目づかいににらんでくる。

 さっきまで本気で泣いていたくせに。


「別に、可愛くなくていいし」


 棺桶を囲んでいた皆に笑い声が広がっていく。

 これで、回生作戦は終了か。



「ザート、門の方から何か来る!」


 気がゆるんだ場にリュオネの声が響いた。

 リュオネがにらんだ先は僕たちが来た入り口の反対側、つまりバーゼル帝国の方向だ。

 来るのは十中八九アルドヴィンの学府の人間だろう。

 このまま終わらせてくれないなんて空気が読めない奴らだな!


「全員散開の上迎撃準備! オルミナさんはシャスカ達三人をビーコに乗せて上空に退避して下さい!」


 ここを取られればブラディアの背後が危険にさらされる。

 今倒して道を破壊するのが上策だろう。

 五十ジィくらい先の崖をにらんでいたリュオネがハッと顔を上げた。


「皆気をつけて! 魔人がいる!」


 学府の人間が魔人化しているなら相当やっかいだ。

 リュオネが逆鉾と魔鉱拳銃を構える横で、僕もレナトゥスの刃を握った。


「フェッロ! 避雷球!」


 何かを感じたペトラさんの命令にフェッロさんが即応して何かを投げ上げた。

 次の瞬間、耳をつんざく轟音と光が周囲を覆った。


「雷魔法……」


 特製の長い魔鉱銃を杖のようにして、クローリスが歯を鳴らして震えている。


「アー、ダメ、か」


 坂道を上がってきた魔人は奇妙な格好をして右手にステッキ、左手に何かをぶら下げて現れた。

 魔法を使う魔人、やっぱりいたか。


「ヤッパリ、ツカエナイ」


 ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている赤い眼球の魔人の後ろからは数体の魔人のなりそこないが背中に大型の道具を背負って這いずって来ていた。


「ツカエル、ノハ、コイツダケ」


 魔人が左手に持っていたものを振り回し、上空に放り投げる。

 それが球体であるとわかった瞬間、僕はそれに向かい全力でレナトゥスの刃を延ばした。

 あれをリュオネに見せてはいけない。


 アルドヴィン軍が帝国側から来るという話は一人の諜報員によってもたらされた。

 けれど、彼は使い魔を使って最後の情報を連絡担当に送った後、連絡を絶った。

 彼の遺体は敵の手にある。

 敵は遺体をどうするか。


 あの魔人の気色悪い笑みをみれば答えは自ずから出るじゃないか。


==

【トトの首】

******

==


 浄眼の視界の端にうつる文字から強引に意識を剥がした時には激高したリュオネが前に飛び出していた。


「シルト! リュオネを止めろ!」


 しくじった。狼獣人は鼻もきく。

 血のついた同胞の臭いなんてすぐわかるに決まっているだろう!


(加速……)


 魔人がステッキをかざした瞬間、魔人の近くまできていたシルトとリュオネの身体が硬直し、二人が倒れ込んだ。

 元魔法使いとは思えない素早さの魔人が、刃のついたステッキを手にリュオネをつかむ。

 魔人が人質をとるのか!


 最悪の事態が頭によぎるが、なんとかリュオネと魔人の間に身体を滑り込ませ、具足でステッキをはじいた。


 けれど魔人を後ろにさがらせてしまった。

 魔人が再びステッキを振りかざす。

 今度は僕もろとも動きを止められてしまう——!


 けれど、次の瞬間に見たのはステッキごと破壊された魔人の腕だった。


「今です!」


 一瞬、膝射の姿勢でこちらに銃口を向けているクローリスが見えた。

 僕らの動きと同じ速さで早撃ちするなんて、しめる所はしめるじゃないか。

 つい口元がゆるんでしまう。


「シルト、そのまま引き倒せ! リュオネ、そいつを!」


 魔人に組み付いていたシルトが首投げをして魔人の身体をたたきつける。

 そこにすかさずリュオネが天魔返矛を魔人に打ち込んだ。

 魔人は何が起きたのかわからないといった表情のままくずれていく。

 翠の光が消え、張り詰めた空気が徐々に弛緩していった。


「あの場面はヤバかったな。具足をつけているのに何の前触れもなく身体の自由を奪われるなんて想定外だった」


「二人とも、軽率に突っ込んでごめん。もし私が人質に取られていたら取り返しのつかない事になってた」


 大楯を使っていると二人からため息がもれた。


「僕も想定外でうまい指示をできなかった。悪かったよ」


 三人とも落ち込んでいる所に、皆の足音が近づいてきた。

 みればクローリスが頭をもみくちゃにされている。


「ただのパーティの事務方なんて思ってて悪かった。異界での指揮といい、さっきの早撃ちといい、正直クローリスの事をなめてたぜ。お前もやっぱりプラントハンターのメンバーなんだな!」


「そんな失礼な事考えてたんですか⁉」


 アルマンさんに食ってかかるクローリスを見て、最近本当にクランの事務方だと思いかけてた自分を情けなく思う。

 クローリスはパーティ加入の時、対等でありたいと言っていた。

 彼女は時間の無い中、コツコツと腕を磨いていたんだろう。


「……クローリス、ありがとう、助かった」


 立ち上がって頭を下げて感謝すると、なぜかクローリスが驚愕の表情をうかべた。


「ちょっと皆ききました⁉ 今ザートが私に感謝しましたよ! 初です、初感謝です!」


 コトガネ様やシルト、しまいにはジョアン叔父の肩まで叩きながらクローリスが大騒ぎしている。

 ちょっとまて、僕は感謝はしているぞ? クローリスの中での僕はどれだけ暴君なんだ。

 鬼の首をとったかのように喜びやがって。


「ザート、今度からもっとクローリスを褒めてあげてね?」


 どうやらリュオネも同じ認識だったらしい。

 僕が思っているほど僕はクローリスを褒めていなかったみたいだ。


「褒めているのは知ってるよ。けど、もっと褒めていいと思うんだ。だってあんなに嬉しそうにしているんだから」


 微笑むリュオネの言葉をきいて、改めて無邪気に喜ぶクローリスの姿を見る。


「そうだな。褒めるだけなら無料だからな」


「またそんなこと言って」


 苦笑するリュオネと一緒に、僕はようやく報われたクローリスの姿と法具を手に入れた事で報われてた自分とを重ね、おめでとう、と小さくつぶやいた。





    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


無事、フリージアとジョアン+シャスカが再会できました。

物語をつくる際、収納できる防具という構想ができた時点で死んだ叔父を収納しているという設定はありました。

一つの大きな伏線を回収出来てほっとしています。



次章は二度目のヒロイン回です。いよいよ主人公が、動きます!


【お願い】

皆様の応援は作品づくりの上で最高の燃料です!

★評価、フォロー、♥をぜひお願いします!


今後とも「どうやら相続した防具が最強っぽいんだが。」をよろしくお願いします!



 

 

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