第51話【魔人ジョンとの戦い−4】


「みずから退路を断つか。一人で勝つ見込みはあるのだろうな?」


 コトガネは青く光る片刃刀を持ったザートに問いかけた。

 先ほどシルトの戦闘に加勢しなかったように、殺すつもりがなければ加勢はかえって邪魔になる。


「もちろん、全力を尽くしますよ。今からシルトと代わってきます。一瞬で良いので足止めを頼みます」


「やれやれ、マガエシが足止めに使われるとはのう。リュオネ、準備せい」


 ぼやくコトガネを後に残し、ザートは一直線に進み、剣が激しく振るわれる嵐の中に飛び込んでいく。

 それを後ろから、二筋の翠色渦が追い越していった。

 二人の牙狩りによるマガエシが向かう先は、シルトに斬りかからんとする魔人だ。


「ぐ、うぅ⁉」


 不意を突かれた魔人が体勢を一瞬だけ崩した。


「シルト、交代だ!」


 身体が流れたままシルトに振るわれた剣をザートが鍔元で受け止める。

 シルトの具足は濃い紅色のまま戻る様子はない。

 六花の具足のシリンダーはすでに尽きていた。


「いけるのか⁉」


「いける! リュオネが血殻柱を持っているから使ってくれ!」


 去り際のシルトの問いかけにザートは力強く答えると魔人の剣を押し返した。

 追撃の横薙ぎをかわした魔人が二三歩さがった後、ザートの青い片刃刀を見て眉をひそめる。


「なんだそれは?」


「あなたを、人間にもどすための刀です」


 ザートは低く、けれども揺るぐことの無い声で答えた。

 瞬間、魔人の顔は大きく歪むとともに左目が赤く光り、一際大きな雷がザートに向けて放たれた。

 しかし雷はザートが切り上げた刀の青い残影の中に消えた。


「そうか……神像の右眼と集めた一万ディルムをそう使うか」


 一瞬で切り込んできたザートの刀を受けつつ魔人は忌々しそうにつぶやいた。


「使い道はまだありますよ」


 ザートの右眼が青く光るのを見た魔人は身体を低くし左に跳んだ。

 その足元をザートの振る片刃刀から排出された機関銃の魔弾が追っていき、次々と魔素を吸収できない岩壁が飛び出してくる。

 魔人は白煙に追われるように弧を描いていたが、弾道を見切ると再びザートへと肉薄した。


「たった数年でそんな武器が生まれるなんて、厄介なものだな!」


 ザートは再び魔弾をうたせまいとする魔人の猛攻をさばいた。

 しかし魔人の攻撃はスキルを伴わないため、裏をかく事ができない。

 しかもその太刀筋は魔人になる前と寸分違わぬ鋭さを保っていた。


 なぜなら魔人ジョンもまた、ザートと同じく己の身体感覚のみで戦ってきたからだ。

 鈍重な剣を振るっているとは思えないほどの鋭い斬撃は、一太刀一太刀が熟練の冒険者が使うスキルを使った剣技に相当する。


 しかし逆もまた然り。

 ザートもまた、スキルに頼らない精緻な剣技で魔人の攻撃をさばき、反撃していた。

 同じ身の上だったからこそ二人は同じ戦い方を身につけ、故に拮抗する。

 いたずらに時間が過ぎていった。


「!!」


 だがその拮抗はザートの片刃刀が魔人につけたかすかな傷をきっかけにほころび始めた。

 血殻の破壊ではない、魔素を直接抜き取られる始めての感覚に動揺した魔人に対し、ザートは浅いながらも三度傷をつけた。

 傷を負って震える右腕をかばいながら、魔人は乾いた笑い声をあげた。


「なるほど、斬る度に魔素をうばう太刀か。本気で俺を人間に戻せると思っているんだな」


「思っています」


 静かに答えるザートを見据えた魔人は一つ鼻を鳴らした。


「その様子なら魔人をつかってあれこれしてみたんだろう。それで、お前は一度でも魔人を人間に戻したことがあるのか?」


 戻せたことは、ない。

 ザートは静かに息をはきつつ、言い返す言葉をさがした。

 しかし一瞬の沈黙でザートの内心を見抜いた魔人から次の瞬間、竜騎兵達にもわかるほどの怒気が発せられた。


「魂魄の再反転をどれだけの人が望み、研究し、挫折したのか、書物程度の知識でも知っているだろう! それをなぜ自分だけが達成できると思った! それが傲慢でなければなんという!」


 バルド教が不可能としているにもかかわらず、魔人を人間にもどそうとした研究者達がことごとく挫折した、という教訓めいた逸話はザートもしっていた。


 ザートは神像の右眼をつかった実験で、魔人の魂魄の分離までは成功していた。

 けれど、息を吹き返しても、緩慢なアンデッドのような存在にしかならなかった。

 それでも神像の右眼をもっと使いこなせればあるいは、と考えていた矢先、学府が異界門に向かっているという情報が入った。

 そのため研究が不完全なまま、回生作戦を急がざるを得なかったのだ。

 だが、それがなんだというのか。

 一つも成功していないのでは全く意味がないではないか。


 ザートの意識は魔人の言葉に引き寄せられていく。

 やはり、救えないのか。

 これまでの魂魄の分割でも苦痛で意識が飛びかけるほどだった。

 さらに深く集中しても、成功する保証はないのではないか。

 異界門も開かれ、時間の猶予もない。


 今まさに、これまでの挫折した研究者達の仲間に入ろうとしていたザートの手を、ふいにたおやかな手が引き留め、優しく包んだ。


「魔人を人間にもどす方法、見つけたかもしれないよ」


 ザートが顔を向けた先には、微笑みを浮かべながら、魔人を恐れることなく見据えるリュオネの横顔があった。

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