第50話【魔人ジョンとの戦い−3】


「チッ、左眼の魔素を受けとめるほどの器が、まだ残ってたのか」


 時折青白い光で明滅する六花の具足を見て忌々しそうにつぶやき、魔人は処刑人の剣でシルトの斬撃を受け止めた。


「オオオオ!」


 シルトが咆哮とともに縦横に放つ斬撃を、ジョンはぎりぎりの所で避け、受け、払い、相手が息をついたところで反撃に転ずる。

 魔人の膂力すら上回るシルトの猛攻をジョンは受けきっている。

 シルトの剣の技量が劣っているわけではない。

 魔人ジョンの技量がそのさらに上をいっているのだ。


 魔人の左目から赤い雷がはしるが、自分ではなく竜騎兵に向けられた視線に気付いたシルトが具足で雷を受け止める。


「よそ見してんじゃねぇ!」


 シルトは魔素を取り込み紅色になった具足のまま袈裟切りをたたき込む。

 まともに入った斬撃が魔人の白い肌に深く傷を刻んだ。

 けれど魔人は倒れず、バックステップでさがりきった。


 先ほどリュオネから受けた傷と同じく、魔人の傷が塞がっていく。

 同時に、六花の具足も紅色を鎮め青白い元の色に戻った。


 再びシリンダーを排出して交換したシルトが犬歯を向きだしにして笑ったのを合図に、再び両者の攻防が始まる。


「まずいな……」


 ザートはシルトに加勢せず戦いを観察していた。

 魔人の神像の左眼は対象に魔素をたたき込む赤い雷を撃ち出すけれど、連発はできないらしい。

 シルトがシリンダーを交換する余裕は十分にある。

 剣の打ち合いでも、多少強引だが、シルトの剣は魔人に届いている。

 

「ザート!」


 リュオネとコトガネがザートの元に駆けつける。


「リュオネ、さっきマガエシを使った時、手応えはあったか?」


「血殻は溶けてたけど、倒しきれる感覚がまるでなかった」


 リュオネは唇をかみつつ端的に事実を口にする。

 リヴァイアサンすら一刀両断にしたリュオネのマガエシが決定打にならない。

 ザートは魔人の身体が異常に圧縮された血殻でつくられていると確信した。


「ザート、取り押さえる前提である魔人の弱体化は不可能、と考えるべきではないか?」


 ザートにコトガネの牙狩りとしての言葉が重く響く。


「コトガネ様、今からでもシルトに加勢してすこしずつでも血殻を削っていけば……」


「殺す覚悟無く下手に加勢すればシルトの負担になるであろう。現状あの赤い雷に対抗できるのは六花の具足だけじゃ」


 コトガネはシルトの戦いに目を向けたまま、リュオネの提案を却下した。


「ザート、お主はあの雷をどれほど受けきれる?」


 リッカ=レプリカを介さず直接収納した血殻柱に魔素を流せば、先ほどのように魔人化せずに赤い雷を受け止めることができる。


「三発、いえ、先ほど一度受けたので二発が限界です。シルトが受け止められるのも、あと十五、くらいです」


 しかし、受け止めるには血殻が圧倒的に足りなかった。

 魔人は慌てることなく剣をさばき、赤い雷をシルトに撃ち続けている。

 魔素に余裕があることは明らかだ。

 しかも今は異界門から流れ込んでくる魔素がある。

 下手すれば魔素を回復していてもおかしくは無い。


「ならば、決断せよ!」


 ザートは手元に盾剣を取り出し、見つめる。

 魔人に対し、四人で一気に攻めかかり、盾剣から落城の岩のような魔法以外の攻撃手段をつかって全身を攻撃すれば倒す事は可能だ。

 ジョンが吹き出した大量の魔素も神像が吸い取ってくれる。


 けれど、それでは救われない。

 第五中央砦でジョンと再開できる日を待ち、自分達を信じて眠りについたフリージアも。

 魔人となり、事変の後も異界で一人戦い続け、異界門の封印を維持していたジョアン叔父も。

 彼らを救うために実験台にされた元冒険者達も。


「救われない。それじゃあまりに救われないじゃないか」


 ザートは一つつぶやいた後、肺が割れんばかりに息を吸った。


 クランの皆の命は既に預かっている。

 今それを危険にさらそうとしている事に心臓が悲鳴を上げている。

 それでも、ザートは肺腑の空気すべてを決意をこめて吐き出した。


「クローリス! 第五中央砦の王国軍に応援を要請しろ!」


 これからおこなう第三の選択肢は失敗する可能性を孕んでいる。

 ブラディアの被害は最小限にしなければならない。


 第三の選択肢は解決法の一つとしてはすでに見つけていた。

 魔人を弱らせてから魔素を抜くのではない。

 魔素を抜いて魔人を弱らせる。


 普通の大楯では魔人を捕らえられない。

 浄眼の大楯では魔素を収納する力が弱い。

 大楯は神像の右眼という異界とこの世界をつなぐ門だ。

 無ければつくる。

 浄眼に捕らえられずとも存在する異界との門を。



 ザートの握る盾剣に払暁のブルーモーメントが宿る。

 その光は盾剣の二本の刀身にあって一層強く輝いた。



——やいばたれ、やいばたれ、やいばたれ


 魔人に死をもたらす刃たれ

 魔人としての生に死をもたらす刃たれ

 真の生にめぐらせる刃たれ


——我に宿りし浄眼は汝なり 汝は我 あるじにしてしもべ いずくんぞ我が意にそわぬ事あらんや

 

『レナトゥスの刃!』


 ザートは詠唱を終えると同時に、神像にむけて新たに生まれた青く輝く刃を振るった。


 神像に傷はない。

 ザートは神像を切ったのでは無い。

 神像の中に異界への門をくぐらせたのだ。


 これから赤い雷を受け止め、魔人を斬るために、ザートは神像の中身一切を神像の右眼に収納した。





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