第49話【魔人ジョンとの戦い−2】


 黒い岩を踏み割るように加速した魔人の身体が向かったのは両手剣を構えたシルトではなくザートのほうだった。


『ヴェント・ディケム!』


 ザートは身体強化を施した身体をさらに加速させる詠唱で魔人の間合いから逃れるが、魔人にすぐに追いつかれ、片手で振るわれる処刑人の剣をたたき込まれる。


「重い……!」


 ザートが今使っているのはミンシェンに作ってもらった特製のホウライ刀だ。

 処刑人の剣ほどではないが、重ね厚く刀身は〇・八ジィにおよぶ。


 両手で持つ大太刀は魔人の剣に打ち負けないが、裁ききるのは容易なことではなかった。

 盾剣を出すことも許されない。


「加勢するぜ『二連』!」


 ザートが戦う側面から、シルトが魔人に向かって上下に打ち分ける突きを放ったが、魔人はうるさそうにパリィしながら位置取りを変え、シルトの攻撃を封じるばかりで倒そうとはしない。


「ヘルザート、姉は、両親は最後に何か言っていたか?」


 唐突な問いかけにザートは眉をひそめる。

 異界門事変が始まるころ、ザートの父と母は何者かの襲撃を受け、ザートが駆けつけた時には虫の息だった。

 その事を思い出したザートは、大太刀を振るいながら答える。


「……マザーを裏切らずにすんで、良かったと、言っていた」


 言葉を口にしていくほど、ザートの表情には疑念が広がっていく。

 当時は南方諸侯の勢力に裏切りを求められたが断ったため殺されたと説明されたが、なぜ母は”国”ではなく”マザー”を裏切らずにすんでよかったと話したのか。


「……ふん、あの夫婦らしい。バルド教徒にたてついてまで血殻を融通しろなんて誰も言っていなかったのに」


 二人の身体が離れ、暴風が一時凪いだ瞬間、きこえた魔人のつぶやきにザートは目を見開き問い返す。


「もしかして二人はバルド教に……」


 しかしザートの問いは再び現れた魔人の怒気によりかき消された。


「黙れ! 一族だからと無条件に従い、ウジャトの都合に振り回された二人が死んだのは必然だ、最初から答えは用意されていたんだ。その”一族”というくだらない集団に隷属したのは”俺”も同じだ、消さなくては気が済まない。ザート、本来死ぬはずだったお前が生きていることも俺にとっては我慢ならない。やはり駄目だお前は! 傲慢さと共に死ぬが良い!」


 叔父から狂気を孕む正真正銘の殺意を向けられ、ザートは一瞬ひるんだ。

 その隙を魔人が逃すはずもなく、十ジィの距離を詰め、大きな弧を描く処刑人の剣でザートを脳天から割ろうとする。


 しかし、ザートの後方から伸びた翠の光がらせんを描き魔人の身体に当たる。

 直後、実体の無いはずの光に押し返されたように魔人の身体はガクンと勢いを失った。


「ザート、しっかりして!」


 腕を十字に、逆手にもった逆鉾と魔鉱拳銃を構えたリュオネの𠮟咤しったにザートははっとし、拳で一つ顔を殴ると大太刀を構え直した。


「悪い、助かった!」


 リュオネは三刃の鞘が生み出したマガエシの光を魔弾で生み出した風に乗せ、翠光の渦として放つ。

 コトガネとリュオネが交互にはなつ翠光渦で魔人はじりじりと後退した。


「シルト、もう一度前衛頼む!」


「任せろ!」


 魔人とザートの間に飛び込んだシルトが、ザートをも上回る具足により強化された身体で今度こそ魔人の足を止めにかかる。


 ようやく作戦通りの位置取りにできたザートは右手の大太刀を銃剣に持ち替えて中距離から攻撃を始める。


 魔人の防具は強固だったが、全属性そろえた中位魔弾の飽和攻撃が次々と魔人の防具を破壊していく。

 けれど、攻撃が進むたびにザートは違和感を感じ、攻撃の手をやめた。


「魔法を……吸っている?」


 防具が破壊されているのに、魔人の身体からは血の一滴も流れていない。

 ジョンは体内に一万ディルムの血殻を必要とするほど魔素をため込んでいる。

 そもそもそれがおかしいのだ。


 過剰な魔素を取り込みつづければ、ハイエルフのサイモンのように人の形をうしない、赤黒い肉塊に変わる。

 魔道具を使っている可能性もあるが、倒せば大量の魔素が飛び散るといったので、おそらくちがう。

 露出していた顔もそうだったが、破壊された防具からのぞく魔人ジョンの肌は他の魔人と比べても病的なほど白い。


 そこから導き出せること、ザートはジョンの身体自体が血殻で出来ている可能性が高いと判断した。


「シルト 離れて!」

 

 翠の疾風が地上で弧を描き、魔人をかすめる。

 中距離からでは効果が薄いと判断したリュオネが直接魔人に逆鉾をふるったのだ。

 しかし、大きくえぐれたはずの魔人の肩は、何もせずに元の形にもどった。


「血殻を剥がす少佐の剣か……けどな、皇国人の女。俺の身体にどれだけ魔素が詰まっているか教えてやろう!」


 リュオネを見据え魔人は咆哮する。

 それは何に対する怨嗟えんさなのか、低く響いた魔人の声に応えるように魔人の瞳の赤が眼球全体に広がった。

 ザートの身体を戦い始めてから最大級の戦慄が貫く。


(間に合え! ヴェント・センタ! & ヴェルサス)


 ザートが使う『加速ヴェント』は最低限、負荷に耐えられるだけの身体強化をして行う。

 その前提で、ザートにとって”ディケム”は連続使用可能、”ヴィギント”は一瞬だけだが制御可能なものだ。

 しかしさらに上である”センタ”をザートはまだ使いこなせていない。


 それでもザートはセンタを使い、瞬間移動じみた速さでリュオネに近づき、かろうじて突き飛ばしていた。

 魔人の左眼から赤い雷をまとった白い光が放たれ、ザートの胸に吸い込まれる。


「カッ——ハッ……!」


 ザートが膝からその場に崩れ落ちる。

 ザートのリッカ=レプリカが瞬時に赤黒くなり、ザートの瞳が赤色に変化した。


「神像の左眼は魔素を収束した光を放出できる。肉塊と魔人、お前はどっちになるか」


 魔人がつぶやくなか、ザートの瞳の輝きは傍目に見てわかるほど強くなっていく。

 このままいけばザートは魔人となる。


 が、ザートの魔人化はそこまでだった。

 肩で大きく息をする度、顔色はもどり、具足の色は薄れていく。

 ザートの魔素は魔力操作と浄眼の相乗により神像の右眼の中にある血殻へと送られていった。


「ほぅ、魔素を操れるのか? わが甥ながら器用なことをするな」


 ザートの眼前で魔人は首をかしげる。

 赤い雷を左眼から放った魔人は直後にはザートの前まで移動していた。


 ザートが魔人を見上げる。

 甥と呼んでも、魔人の声音に一切の親愛の情はなかった。

 処刑人の剣が無造作に左から右に薙がれる。


「ぐ、ぅぅ!」


 銃剣でなんとかうけたが神像ある岩山まで吹き飛ばされ、ザートは再び倒れ込んだ。

 宙を舞っていた折れ曲がった銃剣が地に落ちる



「お前は器用だ。肉塊ではなく魔人になるだろう」


 かすかな愉悦を含んだ魔人の声が火口に響く。

 反響が止んだと同時に、再び魔人の左眼から赤い雷が放たれる。

 リュオネも、コトガネも、竜騎兵達も、膨大な魔素を送り込む赤い閃光を防ぐ事は出来ない。


——させねえよ


 強い意志をもったつぶやきが、火口に響いた。


 右手に両手剣をさげ、左手を前に出し、具足を紅に染めたシルトがザートの前に立っていた。

 紅は見る間に消えていき、具足が六花の名の通り純白に戻る。

 同時に具足の各部に収納されていた凝血柱のシリンダーがいっせいに排出され、マジックボックスに収納された。


「ザート、六花の具足の性能、みとけよ」


 立ち上がったザートの姿を目の端に捕らえたシルトはニヤリと口の端をつり上げ、再装填した凝血柱が六花の具足を明るく輝かせた。



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