第52話【魔人ジョンとの戦い−5】
「まだ話す事があるのか、未練がましい」
業を煮やした魔人が再び剣を構える。
そして再びザートに攻撃しようとした、その瞬間、翠色渦を先触れとして、すべてを飲み込む津波のごとき斬撃が魔人に向けられ振り下ろされた。
「悪いな、もう少しだけ付き合ってもらうぜ!」
シリンダーに新たな血殻柱を仕込み、六花の具足に装填し復活したシルトが魔人の行く手を阻んだ。
「人間に戻すって、どうするんだ?」
ザートはシルトとコトガネが魔人に向かっているの見ながらリュオネに訊ねる。
「うん。コトガネ様の話では三刃の鞘に収まった逆鉾で魔人ジョンの魂は縫い止められて動けなかった。これってコトガネ様自身にも言えるよね」
コトガネは身体を錨に巻き付け海中に沈んだ後、三刃の鞘が奪われないように自らの身体を鞘にするかのごとく逆鉾を深く突き刺していた。
「これって、三刃の鞘には魂魄が離れても魂をその場にとどめる力があるってことじゃないかな?」
地下祭壇の実験で、ザートは魂だけを排出したこともあったが、魂はすぐに天に昇って消えてしまった。
ならば血殻という器に入れておけば維持できるかと考えたが、やはり元々の血殻でなければ魂の器である魄にはならなかった。
そのため、本来の魄を介さずに魂だけをこの世界に縫い止めるという発想はザートにはなかった。
「それと、ついこの間、ここに来る時に魔獣が生まれる仕組みをみつけたよね」
「ああ、異界から魂だけ来てこちらの血殻を少しずつ取り込んで実体化していく……そういうことか」
「そう、ザートが魔人を弱らせるまでは元々の作戦通り。でも、神像の右眼に収納しないで欲しいんだ」
そこまで言ってリュオネは一つ息をついて、伏せていたまなざしをザートに向けた。
「私に魔人の魄を破壊させてほしい。マガエシで破壊した魄なら魂を従える事もないんじゃないかな。魄は一度翠色の魔砂になるけど、それは私が三刃の鞘で飛び散らないようにするから」
自分を見つめるリナルグリーンの瞳をザートは無言で見つめ返した。
筋は一応通っている。
けれど、ザートはリュオネの顔に不安の影を見て取った。
「血殻は魔砂になるんだろ? 魔獣と魔人の魂は同じとは限らない。魂に魔獣のようにかりそめの肉がつくまで逆鉾をさしたままにしておくのか?」
「異界門を封鎖しなくちゃいけないからジョアンさんにはすぐに目覚めてもらわなくちゃいけない。その場合肉体が……ゴーレムみたいになってしまうかも」
かも、ではない。
ほぼ確実にゴーレムになるだろう。
それでもリュオネが不安を隠してこのやり方を主張するのは、自分一人に責任をおわせないためかも知れない、とザートは思った。
リュオネの分かち合いたいという想いが自分の心にしみこんでいく感覚を覚えつつ、ザートは口を開いた。
「そこから先は僕にまかせてくれ」
予想外だったのか、リュオネが軽く目を見開いた。
ザートはリュオネの懸念を払う方法を持っていた。
「前に料理のレシピを法具が記憶しているっていってただろう? あれは正確には図面なんだ。必要な材料があれば調理をせずに素材を組み合わせて料理を再現することができる。僕が最初に魔鉱銃を複製した時もこの方法を使ったんだ」
すごく疲れるけど、と苦笑するザートをリュオネは呆然と眺めた。
「もうわかると思うけど、神像の右眼には”ジョアンの図面”もあるんだ。僕は魄の破壊はできないけど、魔砂から肉体を再生する事はできる」
だから、とザートは続ける。
「これからする事は二人の責任だ。失敗しても、その時の苦しみは二人で背負おう」
微笑むザートにリュオネが力強くうなずいた。
「再生までする事を考えるとあまり時間もない。タイミングを見て合図するから、上手く縫い止めてくれ」
ザートの言葉にもう迷いはなく、目にはシルトと戦う魔人の姿だけが映っている。
『ヴェント・ヴィギント!』
十分に身体強化した上で急加速したザートの身体がリュオネの翠色渦をまとって魔人に激突する。
魔人の剣をはじいた勢いのまま空中で回転した青い片刃刀は魔人の左半身を切り裂いていた。
「グ、ッ!」
右手の剣で牽制しつつ魔人がかろうじて後ろにさがる。
しかし、人間であれば致命傷になる傷も、時を置かずに塞がる。
まだ魔人の体内には多くの魔素が溜められていた。
「貴方を生かす方法がわかりましたよ」
確信とともに不敵に笑うザートの言葉を、魔人は無言で受け止め、静かに動くようになった左手を剣の柄に添えた。
「「ヅァアアア!」」
双方の
切り下ろす剣を受け流し、転身して切り上げると見せかけ刀を後ろに回し、背後を守りつつ脛をねらう。
剣で身をかばいつつ飛び込んでくる魔人を半身になって避けつつ迎え突きを放ち、切り上げられた切っ先を
「ガッ!」
片手突きを繰り出していた魔人の右手から一気に魔素が抜き取られ、魔人の手から一瞬剣がこぼれそうになる。
その隙をザートは見逃さなかった。
手元に引き戻した片刃刀を両手で持ち、神ではなく、己に向かってコトダマを放つ。
『ヴェント・センタ!』
リュオネをかばった先ほどとは違い、十分に強化した身体をザートが加速させた刹那、身体を八分割する青い光が魔人の全身に走った。
「ァ——、——!」
言葉にならない叫びを上げた魔人は、それでも身体をなんとかつなげた。
けれどその時には避けられない所まで翠に光る粒子をまとった剣身が迫っていた。
肉を貫く音の一瞬後、魔人の身体はいつかの時と同じく岩山に縫い止められた。
「いくよ、『
リュオネが逆鉾と技の正しい名を叫ぶとともに、それまで抗っていた魔人の動きが止まる。
通常とは違い、崩壊した翠色に光る血殻はゆっくりと剣身の周囲をめぐっている。
魂が再び己を必要とする時を待っているかのように、飛び散らずにいる。
「あなたは私達がきっと蘇らせます。だから諦めないで下さい」
リュオネの言葉が魔人に届いたのかはわからない。
何かを言う前に、魔人の魄のすべては刀身の周囲をめぐり、剣身によって岩に縫い止められたものいわぬ魂の黒い影だけがのこった。
リュオネが逆鉾の柄から手を離す。
それにあわせてザートが地面から大楯をせり上げた。
大楯が逆鉾ごと黒い影を飲み込み、魔砂となった魄を飲み込む。
その最後の光を飲み込んだ後、大楯もその姿を消した。
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