第42話【魔法考古学研究所にて】

〈第三者視点〉


 平野にあるアルドヴィン王国の王都は昔ハイエルフが降誕したとされるため、バルド教の聖地でもある。

 聖堂カテドラル、『カテドラル・アルドヴィン』はそれを象徴するものだ。

 精霊の祝福とともにハイエルフが建てたと言われている聖堂は異界門封鎖の際に建てる他の聖堂とは別種である。


 ハイエルフの知恵が秘められた場所として、今でもバルド教の祭司としてハイエルフ達が住み、彼らの歴史を象徴するかのように周囲に建物が立ち並んでいる。


 神学審問会議、高等魔術学院、魔法考古学研究所、古エルフ伝承研究所、アルドヴィン王国軍魔法教導科、魔術中等学院……

 それらの建物の中央に行くほどバルド教の根源的な情報がある。


 逆に言えば、外側の建物には陳腐な知識しかない。

 王国軍の魔法使いを指導する組織である『魔法教導科』が中等学院とさして変わらない場所にあることは、王国軍とバルド教の力関係を象徴するものと言えた。


「教導科はともかく、伝承研とここに入るのは我々第八だけでは無理だったかも知れないな」


 【白狼の聖域】のアルドヴィン王国王都を担当する諜報員の一人であるトトは夜のとばりと共に寒さが忍び寄る晩冬の夕焼けの中、人知れずつぶやく。


 ケワイの髪飾りを使い、金髪の女生徒に扮したトトが今いるのは魔法考古学研究所だ。

 巨大な石を積み上げた、まるで要塞のようなこの施設は、古代エルフ文明の法具を研究し、疑似法具をつくり技術を復活させる事を建前としている。


 しかし実体は、他の文明の法具を軍事転用する施設だ。

 そして伝承をねつ造する伝承研と並び、アルバなど他神の文明遺物を強引に回収しエルフ文明の一部に組み込む歴史窃盗の当事者でもある。


 アルドヴィン王国と紛争中の南部諸侯連合はおのおのが古代神の末裔を自称する。

 彼らの正当性を揺らがせるには、彼らの神がバーバル神に従属していたという歴史を作ってしまうのが有効というわけだ。


「伝承研で確認できた『四精霊機関』という異界門封印のための組織は対外的な名称だろう。実際はその中にウジャト教団があるはずだ。教団、というからにはバルド教が飲み込み切れていない異教徒かもしれない」


 トトは事前にこの建物の情報を得て、既に何度か下見を済ませている。

 学府に顔が利く貴族に紹介された”少し特別な”一学徒として出入りし、少しずつ情報を収集していた。

 今日はその総仕上げだ。

 これまでの情報収集と違い、問い詰められれば言い逃れできない、四精霊機関の区画に侵入を試みる。


 頭にたたき込んだ部屋の配置から極力無人のルートを通る。

 伝承研への侵入を成功させた際に警報魔道具のパターンは把握していたのでそれらの解除・回避は容易だった。

 あっさりとトトは目的地である四精霊機関のフロアに侵入する。

 そこは会議室を一回り大きくした程度で、異界門封鎖という最重要任務を行う機関のフロアというにはあまりに平凡だった。


 けれど中をみて、狼の特徴を持つ皇国人のトトは違和感を感じた。


 匂いが違うのだ。

 人が活動している建物というのは、生物が発して徐々に消えていく匂いがのこっている。

 けれどこの四精霊機関のフロアにはそれがない。


「普段は無人なのか? 異界門を封印するための組織だから専任の者がいない、というのであれば説明はつくが……」


 備品もあまりなく、むしろ調度品の存在がトトは気になった。

 まるで高級宿のような雰囲気で、水回りに、ベッドまである。

 トトは紙束に情報をすばやく書き付け、数少ない書架の前に移動した。


 ぽつんと、誰かが置き忘れたノートのように、一つのとじられた紙束が置かれていた。

 その作為に、明らかな罠にトトは総毛立った。

 一瞬トトは迷う。

 今すぐ全力で逃げるか、紙束をもって逃げるか、紙束の中身を確認して持ちかえるか。


——カツ、カカカツ、カツカツ。


 杖で固い床を無遠慮に、まるで子供が秘密基地に行く道のりで地面をでたらめに叩くような音を、狼獣人の中でもとりわけ感覚の鋭い諜報員のトトの耳がとらえた。


 トトは一つ息を吐く。

 先ほど挙げた選択肢の、すべてがかなわないと悟ったからだ。

 ためらうことなく紙束をつかみとり、厚紙の表紙をめくる。


 そしてトトは杖の響く音が近づくのを聞きながら、最後の職務を全うすべく行動した。



 杖を突く音が止む。


「——おや、この部屋に入ったのは女の子だったはずだけどねぇ。誰だい君?」


 扉が開かれた一拍後、、あかね色の西日で染まった部屋に芝居がかった低い声が響く。

 扉の正面に男の姿に戻ったトトがたたずんでいた。


「後で拷問するからまあいいか。で、どうだった、【白狼の聖域】? 紙束は読んだかい?」


 羽根飾りのついた派手な帽子、夕日で赤銅色になった金髪、ジオードのモノクル、派手な刺繍の男性用ジレとキュロット、そして複雑な形をしたハンドルの杖。

 すべてがちぐはぐの格好をした詰問者が問いかける。


「あんたらが異界門を開く度にウジャトに泣きついて門を閉じてもらっていた事、先の異界門事変でウジャトが壊滅したすきに法具と鍵を奪おうとしたけど、結局逃げられた事はわかった」


 詰問者の左目にはめられたモノクルが茜色にひかる。


「それは良かった。でもその情報は禁帯出きんたいしゅつですー、ざんねーん!」


 両手を交差し薄い唇をとがらせる詰問者。

 ケタケタと笑う様は格好とおなじくわざとらしかった。

 トトは諜報員という演技のプロとして、詰問者の演技の幼稚さに鼻白み、冷めた目をむけた。


「俺の行動はどこからばれてた?」


 トトの問いに詰問者は答えず、黙ってジレの内ポケットから薄いケースを取り出し、中から棒を一本とりだしてくわえた。

 

「お前がここに通いはじめてからな。におってんだよ、湿った獣のくっせえ臭いが、ブラディアが欲しそうな情報のある場所に残ってるんだよなぁ」


 そっからだな、と詰問者は手元で火をおこし、棒の先を燃やした。

 深く深呼吸したのち、吐き出した詰問者の煙がトトの敏感な鼻を刺激する。

 煙を吐き出しながら近づこうとすると同時にトトは鞘から小型の逆鉾を抜き右手に構えた。


「お? お? 強がっちゃうの? 俺はお前なんかに屈さないぞ……クッ、いっそ殺せ! とか言っちゃう? でもざんねーん」


 杖で床をとんと突くと、弱いながらも目に見えない衝撃が走り、トトの手から逆鉾がおちた。

 

 詰問者はトトから三ジィほど離れた所で歩みをとめる。


「ちなみにここじゃ魔法も使えねぇよ。オレらは正直お前ら皇国人には興味ないんだわ。大事なのは獅子身中の虫を潰すこと。ブラディアと通じている貴族を殺すことだ。なあ、言えよ。お前をここに入れるようにしたアルドヴィンの貴族がいるだろ?」


 詰問者は右側の眉をあげ、煙を出す棒をトトに向けた。

 棒の先から灰が落ちた。


「いや、やっぱ今のナシ。拷問してから改めてきかなきゃ。こういうのは様式美が肝心よね」


 棒を先ほどとは別のケースにしまい、詰問者は杖をトトに向け、口の端を引き上げた。


「さ、遊びの時間は終わりだ。しばらく眠りな。目が覚めた時の自分の惨状に驚くがいい『鋼糸』」


「いいや、俺は覚めない眠りにつかせてもらうよ」


 杖から伸びた、己を捕らえようとする鋼の糸から逃れるように、トトは後ろに身を投げ出した。

 そして同時に身体を痙攣させ、程なく壁の鍵にひっかけたコートのようにダラリと壁に張り付いたまま動かなくなった。


「え、な、なに……?」


 詰問者はしばらくあっけに取られて固まっていたが、ソロリソロリとトトの横に回りこんだ。

 トトの頭を、壁に刺さったもう一本の逆鉾が貫いていた。


「……チッ、チッ! チィィ‼ なんだよ、つまんねぇよぉ! 勝手に死んでんじゃねぇぞクソが! あああ!」


 暗くなりつつある部屋の中、死んだトトの身体をためらうことなく足蹴にしてかんしゃくを起こしている道化師の叫び声が響いた。


   ――◆◇◆――


 夜のとばりが降りた頃、魔法考古学研究所から離れた建物の影にたたずむ人影の足下に、一匹の蛇がシュルシュルと近づいていた。


 人影がしゃがむと、つき始めた街灯の光が、髪の短い女の顔を照らしだした。

 女は蛇を捕まえて再び暗がりへと身を隠すと、蛇の首をはさむようについていた、小さな金属の髪飾りを外す。


 すると蛇は見る間に膨らみ、足が生え、毛が生え、一匹の狼になった。

 女は髪飾りの下の空間の切れ目から紙束をとりだし、狼の首をなでながら流し見る。


「下水管で使い魔を逃がすなんて冴えてるだろ……って、最期に書き残す言葉じゃないでしょうに」


 石畳に座りこんだ狼に向かって微笑んだ女は、そのまま狼の首を抱きしめた。


「お疲れ様」


 女のねぎらいに、狼は何の反応も示さない。

 夜空に月は無く、建物の影には静寂だけがあった。







    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


今回はダークな三人称視点のシーンでしたがいかがでしたでしょうか

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