第40話【お菓子を前にした女子に対し、男子は無力である】

 採寸が終わり、皆とお茶を飲みながら近況を話している。

 技術部の三人は一体どこに入っているのか、推定四個目のケーキを何食わぬ顔で食べている。

 僕だったら間違いなく胸焼けで苦しむ。なぜ平気なんだ?


「もうすぐ年末ですねぇ。リュオネ、皇国では二年参りとか初日の出をみたりするんです?」


 ゲランのジュレを乗せたソイココのタルトを口にしながらクローリスが年末の話題を口にする。


「ん……コトガネ様、本国で市井の人々はどういった祝い方をしていたのですか?」


「二年参りとは大祓の二日のことであろう? 家にもよるが、我らと違って概ね雅やかに過ごすらしいのう。参る神社は色々じゃ。皇国は公式にはティルク神を皇祖と仰ぐが、ティルク神族であれば他国の神にあいさつしてもかまわぬし、流行神も多いからのう。商人の中には神をはしごする者も多いときくぞ」


 コトガネ様の話を興味深そうに聞く技術部三名。

 シルトやバシル達も自分の故郷の過ごし方を話して盛り上がっている。


 僕がいたアルドヴィンでは王族から庶民まで着飾って夜通し騒いで過ごすのが通例だ。

 シルバーグラスの一族だった頃は王都にあるアーヴル伯のタウンハウスで過ごしていた。


 今年は皆どうすごすんだろうか。

 去年は僕が高等魔術学院への入学が認められるか不明でピリピリしてたから、今年は和やかに過ごせるな。

 僕抜きだから……


「ザート、どうしたの?」


 隣のリュオネが不思議そうに見ていたので慌てて笑顔を作り直した。


「いや、さっきのコトガネ様の話だけど、牙狩りの大祓の過ごし方って普通とは違うみたいだな」


 話題を皇国の話に戻すと、リュオネがちょっと困った顔をして答えた。


「牙狩りじゃなくて、皇族が過ごす大祓が雅やかじゃないんだよ。私はこっちで生まれたからきいただけなんだけどね」


 牙狩りは皇族の一部がなるけど、そのほかの皇族も雅やかじゃない?


「ええと、屈強な攻め手の皇族から、その他の皇族が主上の居城に立てこもって主上を一昼夜守り抜くっていう儀式をやっているらしいよ。ほとんど本気の模擬戦らしいけどね」


 予想外に勇ましい答えが返ってきた。


「皇国の皇族ってみんな戦うのか?」


 なんとも言えない顔で笑うリュオネについ質問を重ねてしまう。

 アルドヴィンの王族なんて剣を振ったこともない男がざらにいるぞ?


「うん、それはそうだよ。皇族が前線で戦わないと藩国の王に弱いってあなどられて統治がうまくいかなくなるから」


 なるほど、皇国の皇帝は支配した王国を解体しないまま統治しているからそのあたりが大変なんだな。

 バーゼル帝国は先代の時に各国を粛正してしまったけど。


「リュオネの一族はみんな仲が良いんだな」


 国を治めるという一つの目標に向かって多くの家が団結している。

 それは海外で過ごす皇族も変わらないんだろう。

 リュオネの身のこなしと戦いをいとわない心ならいつ本国にもどっても大丈夫だろう。

 

 リュオネがチラチラとこちらを見ているのを、僕はあえて無視してしまう。

 彼女に語れるような話を僕は持っていない。

 持っているけど、笑って話せなくなってしまった。そういうことだ。



 いかん、違う話をしよう。


「ミンシェンちょっといいか。独自魔法を魔法文字にする方法って知ってるか?」


 家族の話から離れるため、ミンシェンに確認したかった事を訊ねると、クローリスとコトガネ様の言い合いを眺めていたミンシェンがこちらに席をうつしてきた。


「そういえば団長は万法詠唱を実戦で使うアレな方でしたね。もしかして独自魔法を魔弾にしたいという事ですか?」


 相変わらず澄ました顔で毒を吐く。

 アレな方ってどんな方だよ。


「ああその通りだ。時間がかかるのが欠点だけど万法詠唱でつくる魔法は魔素さえ込めれば強力だからな。一瞬で発現する魔弾にこめられないかと思って」


「そのメリットはわかります。ですがゼロから文字にするという方法は聞いたことがないです。リュオネにも訊かれましたが、失われたアルバ文明は今ある魔法を魔法文字や魔方陣に残しましたが、魔法の魔法文字にするという原理については残していないようです」


 え、確認済みだったのかリュオネ?

 思わず振りかえるとリュオネがちょっと照れくさそうにうなずいた。

 その顔を見せられると、先を越されたはずなのに、むしろ同じ事を考えていたと嬉しくなってしまう。


「ん、んん! でも、【ネフラ】が使っていたという複合魔法はクローリスなら再現できると思いますよ」


 ミンシェンが眉間にしわを寄せ咳払いをし、クローリスを手招きする。


「どうしました?」


「ほら、前に話してたでしょう。複層魔方陣を銃身じゃなくて魔弾の方に仕込んで複合魔法を発現させられないか、って。団長が興味あるようなんだけど、あれ実現できそう?」


 団長が、とミンシェンが口にしたとたんにクローリスの表情が変わる。

 おいこらなんだその面倒くさいって顔。


「……パティスリ・ナムニティエールのケーキ、何時間並んだんだったか、なぁ」


 罪悪感に訴えかけてみる。

 クローリスをチラ見すると反応がない。

 必死に無表情を貫くつもりのようだ。


「……労働と報酬は等価じゃなきゃいけないよなぁ」


 さらに追い打ちをかけようとしたけど、今度はなぜかクローリスが驚愕の表情を見せた。


「団長はそういう事言えないでしょ……」


 ミンシェンまで同じような表情で固まっていた。

 リュオネも気まずそうにコトガネ様の方を見ている。

 なんだよ、僕が語っちゃいけない分野だったのか?


「……ええと、複合魔法でしたよね。はい、できるといえばできます」


 なにやら諦めたような顔でため息をつかれたけど、答えてはくれるようだ。


「何か問題があるのか?」


「複層魔方陣は作るのが手間でもったいなくて、使い捨てられたら作り手ががっかりするだけで良いんですけどね。魔素の変換効率が悪くて、魔弾の規格の血殻では全然魔素が足りないんです。それに衝突と同時に発現するっていう仕組みともそもそも相性が悪いですし」


 なんか嫌味を言われたけど、まあいい。

 とにかく難しいという話か。


「……あのさ、その二点が問題なら、これを使えば良いんじゃないかな?」


 そういってリュオネが着ていたリッカ=レプリカのシリンダーから血殻柱を取り出して見せた。

 確かに、魔素を大量に貯めるために竜の凝血骨を素材に使っているこれなら魔素の問題は解決する。


「良いですねリュオネ! 魔素を貯めきったカートリッジを手榴弾として使う。これはロマンがあります、採用です!」


 何のロマンなのか知らないけど、親指を立てたクローリスにより強行採用されてしまった。


 まあ、複合魔法がつかえるというだけでも十分だ。

 強力な敵に対して隠し玉みたいに使えるというなら、間違ってはいない。

 複合魔法なら万法詠唱よりずっと楽に魔法の開発ができるしな。



    ――◆ 後書き ◆――


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