第39話【転がされるザート】
「言ったよな? 後から具足の
ここはウィールド工廠”硬防”試作室、具足甲冑類の開発を担当するミンシェンの部屋だ。
僕の前にある空になったケーキの箱が乗るテーブルをはさんだ向こう側ではネコ三匹が小さくなっている。
正確には猫獣人のジェシカにけわいの髪飾りで猫獣人に擬態したクローリスとミンシェンだ。
耳を伏せて殊勝な様子で反省しているように見えるけど、ミンシェンの耳が時々パタタと瞬きのように動いている。
感情を隠す操作に慣れていないんだろう。
こちらの様子をうかがっているのがまるわかりだ。
そもそもケワイの髪飾りを解除しない時点で自分で解除できないミンシェンはともかく、クローリスはあざとい。ギルティだ。
「でもさー、ザートも後で何人来るから何個残せって言うこともできたじゃんかー。その辺りのさじ加減をウチらに任せたところにも問題があると思う、思うー」
さりげなく箱を捨て、証拠隠滅をはかりつつも、自分達に非がある事を自覚しているのかジェシカの憎まれ口も切れが悪い。
「七人だ。人数ならミンシェンが知ってるはずだろ?」
今日来るのは『回生作戦』と名付けたライ山での一連の活動に参加する人々の内、最前線で戦うパーティと作戦参加者を輸送する竜騎兵隊の竜使い、計七名だ。
魔人ジョンの魔素がどのような形で放出されるかわからない以上、僕らもシルトのように魔素を吸収できる具足で身を固めたほうが良いという話になったのだ。
作戦参加者はまだ他にもいるけど、試作具足は量産ができないため、緊急性が高い者順に具足を作っていくことになっている。
「知っていましたけど、皆様の分は団長が法具に入れているものと誤解していました。すいません」
落ち着いた無表情で、あくまで過失であり悪意はなかったと開き直るミンシェン。
この娘も意外と強情だ。
渡したケーキは十個だ。
コトガネ様は食べないけど、陰膳的な意味で出すから十個だ。
それを三人で食べろと渡す奴がいるだろうか? 常識で考えて欲しい。
そしてミンシェンの耳はさっきから寝たり立ったり忙しい。
動揺がバレバレである。
まあ、ミンシェンの言うことも半分は当たっている。
こいつらの行動は予測がついていたし、後で折を見て食べようと思っていたから菓子店に迷惑がかからない程度に法具に備蓄をしてあるのだ。
こいつらへのペナルティは別に考えるとして、備蓄分を出すか……
「いたいたー。やだ、三人ともかわいー」
「おーミナミナー」
まさに法具からケーキを出そうとした瞬間、オルミナさんが試作室の扉を開けてはいってきた。
そしてそこへジェシカが駆けよりオルミナさんの胸にダイブ。
オルミナさんもジェシカの耳の後ろをワシワシしている。
突然の展開に呆然としていると、オルミナさんに続いてリュオネ、竜使いのカレン、ボリジオ、バシル、シルトが入ってきた。
「これで全員そろったわね。じゃあ、さっそく説明をはじめましょう。シルト、こっち来て」
ミンシェンに呼ばれてシルトが前に出る。
なし崩しに説明会が始まったけど、進行的には正しいから文句は言えない。
「回生作戦で私達が対峙する相手の魔人ジョンは、コトガネ様が手に入れた情報によれば、体内に一万ディルムの血殻を満たすほどの魔素を持つとの事です。放出される魔素に対しては神像に血殻柱を入れるという防御策は講じる予定ですが、魔人ジョンが魔法を使う可能性もあります。そこで対抗策を用意しました」
ここで一度言葉を切り、シルトに合図を送る。
シルトが胸から下げたペンダントにつぶやくと、マントとジャケットを脱いで鎧下姿だったシルトが一瞬で全身甲冑姿に変わった。
竜騎兵隊の皆が初めて見る現象に感嘆のため息を漏らしている。
ミンシェンは今度は僕にうなずいた。
しかたない、これは練習だ。
近いうちに作戦に参加するクラン外部に説明するための予行練習なのだ。
僕はため息をついて胸元のペンダントにつぶやく。
(——咲け)
一瞬の浮遊感の後、僕の身体はシルトとコトガネ様の具足を混ぜたようなデザインの具足に包まれていた。
さっき機関銃の銃撃を収納している時に着ていたものだ。
場の空気をつかんだミンシェンが流れるように先を続ける。
「いま団長がつけているのが、シルトの法具『六花の具足』の限定的な
ちょっとミンシェンの目が泳いできた。
セリフを忘れたんだろう。
丁度良いから引き継がせてもらおう。
「皆おつかれさま。今日集まってもらったのは今説明があった具足の採寸のためだ。ミンシェンが説明したとおり、回生作戦では敵の放つ魔法や魔素にさらされる可能性がある。そこで皆には安全のためこの具足を付けてもらう。何か質問は?」
だるそうにバシルが褐色の右手を挙げた。
「団長。それってどれくらい魔法を吸収できるんだ?」
バシルは目で見てもらうのが一番はやいからな。
技術部に魔法をうってもらおう。
「だれか適当な魔法を……」
クローリスが首を振る。
だよな、魔法が使えなくて銃剣スキルも使えなかったから苦労してたんだし、ってことはミンシェンも駄目か。
もしかして技術部ってだれも攻撃魔法をうてない?
「おっけーザート、ウチにまかせろー」
振り向くとジェシカが尻尾をゆらゆらさせてこちらに手をかざしていた。
『ロックパイルー』
気の抜けたコトダマと裏腹に、物騒な石の破城鎚が至近距離から僕に向かって打ち出された。
練度高いなおい!
消滅したからいいけど結構びびったぞ!
「まあ、こんな感じに魔法は吸収される。で、魔法の魔素はこの血殻柱が入るシリンダーに貯まるんだ。具足の色が変わりだしたら予備と交換する様になっている。じゃあ採寸を始めてくれ」
バシルを納得させた後にジェシカをにらむと、意外な事に耳を伏せて肩を落としていた。
「ザートごめんー、ロックバレットにすればよかったかも……」
今まで見た事のないジェシカの反省する姿にどうすれば良いのか分からなくなる。
「いや、お前が魔法を使えた事で驚いたけど、この具足の性能を考えればなんてことない」
こいつにおどろかされるのはいつもの事だ。
ちょっと魔法が予想外に強かったけど反省しているなら良いだろう。
「ありがとー、じゃあ皆のお茶を用意してくるからケーキの方たのんだー」
そう言ってジェシカはドアからキッチンへと向かっていった。
さて、じゃあケーキを十人分テーブルに並べるか……
「のうザート、ジェシカ達はここに来る前に何をしておったか覚えているか?」
背後からコトガネ様に呆れ混じりのため息をつかれ、我に返った。
そうだよあいつら三人で十人前のケーキ食ってたよ!
なにしおらしい感じ出してんだよあの性悪がぁ!
「コトガネ様、ザートが何か打ちひしがれてる様に見えますけど……」
「うむ、未熟を自覚して落ち込んでいるだけじゃ。リュオネは気にせずとも良い」
確かに未熟だ……何も言い返せない。
僕は敗北感とともに備蓄のケーキを法具から出した。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます
ザートの弱い部分を書きたくてこういう内容になりました
崩れた自分に落ち込む系主人公です。
プライドが高いのかも知れないですね。
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