第38話【機関銃と決意】


「おお、ここにおったか」


 僕を探していたのか、コトガネ様が片手をあげながら敷地に入ってきた。


——バッババッ!


 コトガネ様の方に意識が向いた瞬間、銃の発射音が鳴り、僕は反射的に大楯を横面に展開した。

 ほぼ同時に大型の魔弾が盾の法具へと収納される。


「あぶないよー団長よそ見したらー」


 本棟の側からジェシカの間延びした声が聞こえてきた。

 向こうにいるのはジェシカやクローリスといった技術部の人間だ。


「横のロックウォールを狙うはずだろ! 今の直撃するところだったぞ⁉」


「その具足のレプリカは完璧です。装甲以外の関節部に当たっても魔法を吸収する仕様です。安心してください」


 いやミンシェン、腕は認めるし魔法を吸収する実験には何度も立ち会ったけど、怖い物は怖いんだよ!


「そうですよー。魔弾の十発二十発くらい耐えれますってー」


 クローリスが棒読み気味にあおってくる。

 あいつぜったい楽しんでるな。

 これを機に日頃のうっぷんを晴らしたいのが見え透いている。


「とにかく仕様じゃ五秒で十発魔弾が出るんだから緊張感を持ってその”試作機関銃”をつかってくれ! 特にクローリス、お前設計者だろ!」


「そんなこと言っても何発目さー。ウチらもいい加減集中が切れてきたしー」


 腕をさするジェシカをみると、例え演技だとわかっていても何も言えない。

 確かにもう結構な時間三人に魔弾を撃たせている。


「わかった。コトガネ様も僕に用があるみたいだし、休憩にしよう」


 報酬くれ報酬ーと亡者のようにねだってくるジェシカに最近王都から移ってきた有名菓子職人のケーキを渡すと、技術職系女子達は歓声をあげて去っていった。


「なかなか楽しい事をしておったようじゃの」


 へぇ、銃で撃たれるのが楽しいと。


「コトガネ様、なんだったらこの岩壁の前で的になってみます?」


「カカカ、本気にするな。冗談じゃ。しかし、あの魔鉱銃はなんじゃ? さっき魔弾が今までよりかなり速く飛んできたが、ずいぶん強力そうじゃのう」


 こちらのストレスを冗談の一言で流さないで欲しいと思いつつ、話が進まないので言わないでおく。


「あれは機関銃といって、一列に並べた魔弾をたて続けに撃てるようにした試作銃の一つです。弾の無駄になるし耐久性が低いので実戦では使いませんが、僕が多くの魔弾を収納しなければいけないので数丁クローリスに用意してもらって皆に撃たせていたわけです。ストレス解消に使われた気もしますけど」


「部下の鬱憤うっぷんを晴らすのも上に立つ者の義務じゃのう。遊ばれるくらいで済むなら安いもんじゃ」


 そう言われると反論できない。

 コトガネ様も大隊を率いていた人物だ。

 冗談めかしていても、言っていることは一々もっともだったりする。


「それで、どうしたんですか? 今日は具足の調整ですか?」

 

「それもあったんじゃが、改めて魔人化したジョンにどう対応するか、想定を深めておこうと思うてのう」


 そういってコトガネ様は機関銃の的にしていた岩壁の残骸に腰を下ろした。


 先日コトガネ様が叔父から聞いてきた話では、ジョアン叔父の魄は今僕が把握できないほど神像の右眼の奥深くに入っているらしい。

 異界よりジョアン叔父の魂が法具に入り融合すると、コトガネ様を排出した時にように自然と排出できるようになるという。


「話の通りなら、法具から出てきた魔人ジョンは左手に宝珠になった封印の鍵をもっているはずですから、可能なら腕を切り落としてでも宝珠をジョンの身体から離して収納したいですね。ですが、そう都合よくは行かないでしょう」


「ふむ、順番にさらっていくか。一つ目は宝珠を守ろうとする場合じゃな」


 魔人には生前の行動原理を保つものも少数いる。

 ジョアン叔父が自らを法具に封ずる前と同じ行動をとるのなら、宝珠を守ろうとするだろう。

 宝珠の確保は厄介だけど守りに入られるため本人への攻撃が容易なはずだ。


「二つ目は宝珠にこだわりがない場合、です」


 これは宝珠の確保という意味では一番楽だ。

 攻撃し放り投げられた宝珠を確保すればいい。

 もちろん、こんな可能性に期待するほど皆馬鹿ではない。

 あくまで可能性があるというだけだ。


「三つ目は宝珠を破壊しようとする場合。やっかいじゃの」


 ジョアン叔父が一番可能性が高いと危惧しているのがこの場合だ。

 魂魄の主従が反転するのに伴い、行動原理も反転する魔人が多いという。

 僕たちが想定を深めなくてはならないのはこの三つ目の場合だ。


「四つ目は杞憂だと言いたいところですが、全然予想外の事態が起こった場合ですね」


 ジョアン叔父の話では封印の鍵と神像の右眼をこちら側に渡すため、何もかも綱渡りで法具に魄ごと宝珠を閉じ込めるという策をとったらしい。

 当然前代未聞の事で、取り出した時に何が起きていてもおかしくない。


 優先すべきは宝珠だけど、ジョアン叔父を殺すか、あるいは殺せば手に入るのか、そこまで現場で瞬時に判断しなければならない。


「逃亡を防ぐ役割をもつ近接戦闘担当はシルト、支援はマガエシで魔人を弱らせる事が出来るリュオネとコトガネ様にお願いしますけど、結局攻撃が当たらなければ意味がありません」


「だからさっき機関銃で撃っておった速い魔弾が必要なわけじゃな」


 コトガネ様が合点がいったというように銃架にかけられた機関銃を指さした。


「はい。魔人になったフリージアさんには魔法どころか魔弾も避けられました。時間が許す限り攻撃方法は増やしておくべきです」


 攻撃によって弱らせてようやく接近戦に持ち込むことができるのだ。

 そこからフリージアさんの場合と同じく魔素を抜いていく。


「ふむ……薄氷渡るが如し、しかし規格外の牙持ちであれば致し方ないか。そうじゃ、ひとつ言っておくことがある。万一、決断に迷ってどうしようもなくなった時に、わしをたよるなよ」


 コトガネ様の予想外の言葉に思わず顔を向けた。

 経験者を頼れ、ならわかるけど、頼るなとはどういうことだろう?


「わしは八十歳になるまで牙狩りとして生きてきた経験がある。じゃが、わしが知っておるのは牙持ちの殺し方、牙持ちへの哀れみを捨てる心の作り方じゃ。おぬしらのしようとしている事とは真逆。そのことを忘れるでないぞ」


 その言葉を聞き、理由に納得し強くうなずく。

 僕はコトガネ様を頼らない。

 戦いを前にそのことを改めて心に刻んだ。


 コトガネ様を頼るときは、ジョアン叔父を救うのを、フリージアさんの笑顔を諦めるときだ。

 やれる事をさがそう。

 神像の右眼に収納可能な万法詠唱による魔法など、まだまだ考えるべき事はあるのだ。


 


    ――◆ 後書き ◆――


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