第35話【手を汚す覚悟】(2020/10/06改稿)
「そろそろこの祭壇にも名前が必要だと思うわぁ」
専門の団員と共に拘束具の準備をしながらエヴァがぼやく。
「尋問祭壇じゃだめか?」
スパイとフランシスコ商会長の尋問用に使っていた祭壇の一室なのだから由来、用途からして尋問祭壇という名前で間違っていないと思う。
「ここ数日やってることは尋問じゃなくて実験じゃないですか。人体実験」
フリージアさんのために作ったものと同じ血殻で作られた柩に目を向け、エヴァがクスクスと笑う。
そこには僕がコズウェイ領で無力化した魔人がはいっている。
同じ様に魔人の入った柩が、僕の神像の右眼にはいくつもはいっている。
「人体じゃない。魔人だ」
「おかしいわねぇ、魔人を人間に戻そうとしているのに魔人の身体は人体じゃないっていうのぉ? 」
僕の反論に対し、エヴァが間を置かずに矛盾を突いてくる。
僕がしている事は、もし成功したら、さかのぼって”人体実験”だった事になる行為だ、と言いたいのだろう。
「詭弁だ。未来の成功は過去の失敗の上にあるけど、罪まで背負うものじゃない」
それでも罪の意識は消えない、とは言ってやらない。
僕は罪の意識にさいなまれてでも、フリージアさんとジョアン叔父を救うため、その他の本当は人間に戻れたかもしれない魔人達を使い潰し、魔人についての情報を得る。
新たな魔人を拘束具に固定して実験を始める。
二人を救える時間は限られている。
”異界門封印の鍵入手”というブラディア王からの依頼の期限は独立戦争直前までだ。
恐らく戦争の交渉材料かなにかにするのだろう。
報酬とは関係なく、依頼の失敗はクラン全体の存続を危うくなる。
それをさけるために、いざとなれば叔父がそうしろと言った通り叔父を殺して鍵を手に入れなくてはならない。
フリージアさんが”教団”と呼び、ジョアン叔父がウジャトと呼んだウジャト教団が異界門事変の真相、神像の右眼、そして封印の鍵の情報を持っているはずだ。
ウジャト教団の事は第八の諜報員がさぐっているけれど、ウジャト教団が見つからない、あるいは有益な情報が得られない可能性もある。
だから第八だけではなく、エヴァ達第六に協力してもらい、こうして独自に情報を集めるための実験をしているのだ。
その成果として、既存の知識の確認も含めいくつかわかったことがある。
まず、魔人は魔素があふれると肉体が崩壊する。
これはシルトやサイモンの身体の変化を再現して確認できた事だ。
人為的に魔人に魔素を注入すると魔人は暴れて人にかみつこうとする。
さらに、コズウェイで血殻にかみついていた時と同様、血殻を差し出してもそれにかみつく。
そしてその結果、血殻に魔素が注がれていた。
このことから、魔人が人を襲うのは、他人に魔素を注いで自壊をさけるという理由がある事がわかった。
次に、魔人から魔素を抜いていった。その結果、魔素を補おうとする行為が見られた。
くわえて、魔素が不足した状態だと身体の修復がされないこともわかった。
魔人が身体の維持のために人を襲う場合もあるということだ。
さらに、魔人の骨も確認した。
その結果、魔人であっても骨が凝血骨になっている個体となっていない個体がいることがわかった。
急激に魔素を与えると個体が自壊してしまう事から、緩やかに変化していくものだと思われる。
つまり魔人になって時間がたった個体の骨は凝血骨になっているということだ。
そう考えると、フリージアさんの骨はまだ凝血骨にはなっていないのだろう。
ジョアン叔父についても、もし魔人になってすぐに肉体を神像の右眼に封じたなら、凝血骨になっていないと考えられる。
「団長、魔人に魔素をあたえてください。膝を切開して骨を露出させます」
「わかった」
僕が盾剣から延ばした大楯で魔人に魔素を与えると、第六の団員が専用の小刀をつかって魔人の膝頭の骨を露出させ、ノミをつかってそれを割った。
暴れていた魔人の喉からでた絶叫が部屋に響く。
「……通常の骨だ」
割れた骨のかけらを鑑定して凝血骨で無い事を確認する。
骨を膝に戻し、開いていた皮膚を戻すと、ほどなく肉体は元に戻った。
なぜ骨にこだわるか、それはこれからする実験に関係がある。
コトガネ様から、牙狩りがもつ魂魄の考え方を教えられた。
生物は魂を主とし、魄を従として肉体に備えることで生物として機能するものらしい。
この場合、魄というのはほぼ骨、特に頭蓋骨と同じといっていい。
凝血骨ではない骨も血殻の機能をもっているというのだ。
そして、魄に魔素が過度に蓄積するなどして、魂魄の主従が逆転すると人間が魔人に変わるという。
しかし皇国の牙狩りは牙持ち、つまり魔人を人間に戻すという事は不可能と考えている。
それは魂魄への干渉手段がなかったためだ。
「ではこれから魔人の魂魄の分離実験を始める」
魔人の魔素を極限まで抜いておとなしくなった魔人を収納し、目をつぶる。
神像の右眼のなかで魂魄を分離するためだ。
これは魔人の骨が凝血骨だった場合は成功していない。
凝血骨の有無が魂魄への干渉の基準になっているかもしれない。
神像の右眼で魔人の身体を凝視するように解析を進めていく。
深く、もっと深く。
深海を泳いでいた時のような圧迫感と叫び出したい焦燥感に耐えていると、ようやく魔人の魂魄という文字が浮かび上がってきた。
薄れる意識のなかで魂魄を分離できた事を確かめると、右眼への集中を解いていく。
目をひらくと拘束台が見えてきた。
「団長、大丈夫ですか?」
台の隣に立つエヴァに顔を向ける。
「ああ、問題ない。台に魔人の魄、身体を出すぞ。魔素を抜いているから動きは遅いけど油断しないでくれ」
拘束台の上に出した魔人の身体を団員が手早く拘束していく。
「拘束したな。では今回は三分後に魂をもどす」
魄が無くても動く魔獣のように、魂が無くても魄は動くのだ。
そう考えながら時間を計っていると、糸がきれたように魔人の身体が止まった。
「……なるほど、魔素がきれたから魄の動きも止まったか」
魔素をくわえても動くことはない。
一度切れると魄もただの死体と変わらなくなるようだ。
これはもしかすると人間が”起き上がり”でアンデッドやスケルトンが動き、倒れるのと同じ仕組みかもしれない。
「ブツブツ言いながら死体をいじってる姿って傍目から見てヤバいですよぉ」
顔を上げるとエヴァが同類を見るような目で笑っていた。
「僕はどんなものについても探究心があるんだ。死体に限ったことじゃない」
これは事実だ。嘘は言っていない。
「時間が経っても魔人に戻るか魄が死体になるだけか。今日の実験は終了する。違うアプローチが必要なようだ」
フリージアさんやジョアン叔父を魔人から人に戻すには反転した魂魄の主従を戻す手段をみつける必要があるのだ。
そのために、僕はもっと手を汚す必要がある。
――◆ 後書き ◆――
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