第34話【偶然の再会ーミンシェン】

 【白狼の聖域】は数百名で構成されている大所帯なため、団員が増えるたびに皆の前で自己紹介、といったことはしない。

 クローリスが開発した識別タグを冒険者プレートと一緒に携帯してもらい、”シリウス”など拠点に入る時に受付でかざしてもらう。


 だからいつの間にか知り合いが入団していて、施設内でばったり会うということも起こりうるのだ。


「めいちん生きてたんですね! よかった、本当に良かったです!」


 シルトに遅れる事二日、ミンシェンの銅級冒険者登録が終わったのでさっそくウィールド工廠に連れて行くと、その場にいたクローリスがミンシェンの姿を見るなり飛びついてきた。


 けれどミンシェンは表情をかえず、小さな手でどうやっているのかわからないけど、上から抱きしめようとしていたクローリスの頭部を右手でギリギリと締め上げた。


「お互い生きてて良かったですが、その言い間違いはいつになったらなおるのかしら、私の名前は明清メイセイだって何時になったら覚えるのかしら?」


「あがぁ! まって、言い間違いじゃないです愛称ですよ! メイちゃんだとかぶるじゃないですか色々……それともおみっちゃんの方がぁががが!」


 クローリスがミンシェンの右手を叩きながら悲鳴を上げる。


「そっちも駄目! 私のイメージが崩れるからやめてよ! それに今の私はミンシェンよ。いい加減やめないと貴方のことクロちゃんって呼ぶから」


 ミンシェンが声を低くして最後通牒のように言い放つと、クローリスがぴたりと動きをとめた。


「はいミンシェン。私の事はクローリスって呼んでくださいお願いします」


 神妙な顔をして頭を下げるクローリス。

 どれだけクロちゃんと呼ばれたくないんだ。

 立ち話もなんなので、あいている部屋に入って話を聞くことにした。


「……さっきのやりとりでなんとなくわかったけど、ミンシェンもクローリスと同じ世界から来た異世界人ってことで良いのか? あ、口調はクローリスやシルトに対するのと同じでいいぞ」


 こりずに抱きつこうとするクローリスをいなしながらミンシェンがうんざりした顔をしながらこちらを向く。


「じゃあそうさせてもらうわ。たしかに、私もクローリスと同じ、異世界の皇国に似た国から来たの。知られたくない勢力もいるからおりを見て話すつもりだったわ。この駄目な女が全部台無しにしてくれたけどね」


「あー、それは……残念だったな。勢力というと新約の使徒か」


 シルトの話ではミンシェンはバーゼル帝国の辺境で一人隠れるように暮らしていたという。

 とすれば、ミンシェンもクローリスと同じく【新約の使徒】から逃げ出したのだろう。

 思った通り、その名前を口にしたとたんクローリスのこめかみを締め上げていたこぶしが止まった。


「クローリスがもう話してたのね。だとしたら私の身の上話はあらかた終わったようなものよ。私はちょっと嫌な事があってかなりはやい段階で同郷人の【新約の使徒】から逃げたんだけど、クローリスも似たようなものでしょう?」


 そういってクローリスの顔を上からのぞき込む。

 彼女の逃げだした理由はだいたい想像はつくのであえてきく事じゃないだろう。


「うん、ミンシェンがいなくなってからしばらくした頃に逃げちゃいました。それから魔道具をつくりながら、なんとかグランベイにたどり着いて、そこでザートに出会ったわけです。今ではこの工廠で一番偉い人なんですよ?」


 その偉い人が新人にこめかみを攻められているのはどうなんだろう。

 クローリスは拘束から逃れると、ちょっと得意げにしながら手に持った複層魔方陣をミンシェンに渡した。


「へぇ……あなたは細かい魔道具作りの方が得意だったけど、もうここまで精密な魔道具を作れるようになってたのね」


「ミンシェンは金槌で大物を作るのが得意なんですから、こういう小さいものは私にまかせてください!」


「そうね。魔導甲冑みたいな大物はまかせて。元の世界で家業を手伝っていて良かったわ。おかげでこのクランにも入れたわけだし」


 ミンシェンはこれまで見せなかった柔らかい笑顔をクローリスに向けている。

 辺境に隠れていたくらいだし、不安だったんだろう。

 出会った頃はシルトから離れなかったくらいだし。


 さっきのじゃれ合いをみても彼女らの仲が良い事がわかる。

 普段からテンションが高いクローリスだけど、時々寂しそうにしていたからな。

 この世界で生きていくという上でも同郷人がいた方が嬉しいだろう。

 この日は仕事をするという雰囲気でもないのでそのまま帰ることにした。


「ミンシェン、【新約の使徒】は今どこにいるか知っているか?」


 シリウスへの帰り道、ミンシェンに【新約の使徒】の消息についてきいてみた。

 彼らがアルドヴィン側についているかだけでも知っておきたかったからだ。


「私も彼らから逃げるために情報は集めたけど、ある程度強くなってからバルド教の総本山に向かったらしいわ。でもその後の足取りは不明よ。総本山のゲルニキアで何かあったのかもね」


 何か、か。

 リュオネが話していたように、新しい勢力は旧い勢力と必ず対立するのだとすれば、ゲルニキアに向かってから消息をたった彼らは殺されたんじゃないだろうか。

 いや、対立したとしても飼い殺されているという可能性もあるか。

 

 異世界人の知識は脅威だ。

 味方だから良いけど、クローリスの知識はクランの編成まで変えてしまったし、ミンシェンの魔導技師としての能力は法具のレプリカを作るほどに高い。

 アルドヴィンの学府だけでも厄介なのに、異世界人の知識とスキルが加われば僕らは厳しい戦いを強いられるだろう。


 まだまだ考えるべき事が多い。

 僕は前をあるく二人のはしゃぐ姿をみながら一つため息をついた。








    ――◆ 後書き ◆――


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