第32話【ウジャト=バーバルという偽神】


 ここは淡い光が神像をてらす地下祭壇の前。


 竜の骨を加工した血殻柱ちからのはしらの黒が地下祭壇の淡い光を吸収している。

 隣にあるのは普通の血殻柱に魔素を目一杯吸わせたもので、色は黒に近い赤だ。

 いま僕は手持ちの凝血石にある魔素をできるだけ少ない数の血殻柱に詰め込む作業をしている。


 竜の墓場にあった祭壇から取り出した血殻柱のおかげで、一万ディルムの血殻の入手という目標は達成できた。

 それでも空の血殻柱が多いに越したことは無い。

 商船襲撃の件では少しの油断が命取りになる事を痛感した。

 念には念をいれておきたい。



 商船を襲撃した後、水夫達は武器を手に向かってきたけど、僕が浄眼を使い離れた場所から魔法を放つとおとなしくなった。

 賊に包囲されていると勘違いした彼らを上陸用のボートに押しこんで海に流した後、僕たち三人は乗ってきた漁船にうつり島へと帰還した。

 もちろん商船は捕虜に見えないようにこっそり浄眼をつかって回収している。


「団長」


 作業をしていると入り口からエヴァの部下が入ってきた。

 用件はわかっているので、ちらかしていた道具をしまって彼の後をついていく。


 第三十字街に戻ったあと、僕が捕らえた三人を預かり、エヴァと一緒にもはや拷問祭壇とよばれるこの場所で尋問をした。


「それにしても、航海士と文官は拍子抜けするほどあっさりおちましたね」


「ああ。物証もあるし、後はギルベルト中尉が上手くやってくれるだろう」


 航海士と男爵の部下は助命を約束すると、拷問するまでもなく口を割った。

 男爵はアルドヴィン王国に内通しているどころか、王国艦隊をグランベイに呼び込む計画まで立てていたらしい。

 もし計画が成功していたら、僕らは挟み撃ちにされていたかもしれないのだ。

 そう考えるとファストプレーン男爵への怒りがふつふつとこみ上げてくる。


 証人の二人は第三十字街に来ていたギルベルトさんに王都に移送してもらった。



 廊下が終わり、突き当たりの拷問室に入る。

 拷問をうけているのは残りの一人、船長だ。


「エヴァ、進展はあったか?」


「あんまりぃ。宗教って怖いわねぇ。人間の限界を超えちゃうって感じぃ」


 拷問台で浅く呼吸をしているガムラという名の船長を見てエヴァが首をすくめた。

 ガムラを拷問しているのには理由がある。

 船長室で僕がガムラの撃った弾丸を収納した時にウジャトの名を口にしたのだ。

 さらに、ウジャトにつながる手がかりを得るため拷問すると、ガムラが身分を隠したバルド教の司祭である事がわかった。

 けれどわかったのはそこまでで、後は殉教者のつもりか口を貝のように閉じている。


「最後に僕も訊いてみるから、治癒ポーションを使って起こしてくれ」


 ポーションが傷を回復させると、もうろうとしていたガムラの目に光が戻ってきた。


「……ウジャト=バーバルの目を返せ」


 呪いの言葉そのものの怨嗟えんさをはきながらガムラは塞がっていない方の目をこちらをにらみつけた。


「バルド教の経典にウジャトなんて言葉はなかったはずだけど、ウジャトって何?」


 何気ない風できいてみると厚ぼったい唇をゆがめてガムラが笑った。


「中つ人の盗人風情が知る必要のない存在、だ」


 そういって笑うガムラの耳はたしかに多少とがっている。

 なるほど、少し血が混じっているだけでも選民意識をもてるんだな。


 実はウジャト=バーバルという呼び名については見当はついている。

 バルド教が他文明の神を取り込む時によく使う方法だからだ。

 ウジャト=バーバルという架空の神をつくる事で文献にある”ウジャト”と”バーバル”を同一視させる。

 そうすればウジャトの功績もバーバルの功績とする事ができる。


 この呼び方でウジャトが集団名じゃなくてアルバ文明の神かそれに類するものの名前である事がわかった。



 僕は浄眼を使い、ガムラの身体で比較的マシな右肩に手を触れ、魔素を注いだ。

 途端にガムラが目を赤くさせ、壊れた道具のようにガクガクと痙攣しはじめる。


「ウジャトの目ってこうやって使うものなんだっけ? ただ拾っただけの僕にはわからないんだよ」


 再び魔素を抜くとガムラが喉を詰まらせながら必死に息をすった。


「ねぇガムラ、ただ返せと言われても断るけどね、事情次第では返す事も考えているんだ」


 こちらを見る目の焦点はあっている。

 警戒の色は強いけど耳はふさいじゃいないようだ。


「僕はこの法具の本来の使い道を知らない。ガムラはこの法具が世界のために必要だと言うけれど、上から詳しくは聞いていないだろう? もっと詳しい人がきちんと説明をしてくれたら、僕は世界のためにこれを手放そうと思う」


 法具を手放すという僕の言葉をガムラは信じないだろう。

 けれど、何もしゃべらなければ待っているのは死だけだ。

 法具はバルド教に戻ってこない。

 逆に誰か上役の名を上げれば、万が一、億が一の確率でも法具がバルド教に戻ってくる可能性がつながる。


 ガムラは言う。

 わかっていてもなお、僕の嘘にだまされる。

 だまされても最後に笑うのは自分達だと信仰心によって確信して。


「……魔法考古学研究所のドロシー教授ならお前を改心できるかもしれない」


 最後にそういうと、ガムラは再び反応することなく、ひたすらブツブツと聖句のようなものをつぶやき続けた。



    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


ザートがどんどん汚れていっている気がする。


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