閑話【竜の墓場にて】

〈第三者視点〉


 ロター港でザート達と別れてから、魔素を吸収し力に変えるシルトはバルド教から遠ざかるため、腕をみがきつつ帝国各地を回っていた。

 冬が近くなると帝国では冒険者の仕事が無くなる。

 そのため、他の冒険者と同じくシルトは活動範囲をティランジアにうつしていた。


 今シルトは海岸のがけからしか取れない宝石の採取をティランジアの冒険者ギルドから受け、ワジをつたって海岸を目指していた。


 地図に従い足をはこんでいると、ワジが谷に吸い込まれていく。

 地面を見上げるほど谷が深くなり、がけが緑に覆われるころになる。


「洞窟に入るなんてきいてないぞ。これは認めるしかない。間違えた」


 しばらく先には洞窟が口をあけている。

 頭をかきながらシルトは、一度戻ろうという気になった。


 けれどそれは叶わない。

 気配に振りかえると、がけに巣穴でもあったのか、白いウェトサラマンダーの大群が通ってきたワジの川底を埋め尽くしていた。


「チッ、ウェトサラマンダーか、この数は面倒だな」


 そうつぶやきつつ、シルトは両手剣を鞘ではなく腰につけた大ぶりなポーチから取り出した。

 一ジィは優にこす長さをしまう余裕は、当然ポーチにはない。

 ポーチはマジックボックスの一種だ。


 シルトはバーゼル帝国の田舎街でこれを手に入れていた。

 黒い髪をした、若いのに腕の良い魔道具職人に、魔素を吸収するシルトの具足を研究させる見返りに作ってもらった魔道具の一つだ。

 具足自体の改良を含め、魔道具職人には他にも色々ともらっている。


 ウェトサラマンダーは一太刀で殺せると、余裕をもってウェトサラマンダーの最前列を一薙ぎしたシルトはあわてて後ろにとんだ。


「死体が消えない?」


 魔獣は殺せば凝血石を残して消えるのは、人はかならず死ぬくらいの常識であったはずなのに、その常識外の事態がおきたのだ。

 シルトは用心深く距離をとった。


「こいつら、魔獣じゃないのか?」


 そう考えた瞬間、ウェトサラマンダーがいっせいに首をもたげ、スライムに似た粘液をはきだしてきた。

 がけからのぞく青い空が気色悪い黄色の粘液でおおわれる。


「やっぱ魔獣じゃねぇか!」


 シルトがいた場所に、ブスブスと異臭を放つ粘性のある酸が降り注いだ。

 一体一体は弱くても、狭い場所で、これだけの数の散弾をうたれては勝ち目はない。


 やむなくシルトは洞窟にとびこんだ。

 光源の魔道具を浮かべながら進むと、岩の影から次々と魔獣が顔をだしてきた。


 どれも濃淡があれど、一様に白い。

 シルトはどこか気味悪さをおぼえつつ、追いつかれないように、どの魔獣にも足に一撃をいれながら広い場所を探して走り続けた。


「ハァ……ハァ……——海岸、か?」


 洞窟が途切れた先に、白い地面と蒼い空がみえてきた。

 砂浜があるなら水辺はそれなりに広いはず。

 用心しつつ、シルトは谷を駆け抜けた。


 入り込んだシルトは瞬時に後悔した。


「なんだこの魔素の濃さは?」


 シルトは余りのまぶしさに顔をしかめる。

 今まで経験した最も強い魔素だまりでも比較にならないほど濃い魔素にさらされたシルトは反射的に自分の篭手を見た。

 先ほどまでサクラ色だった篭手が、じわじわと朱色に変わりつつある。

 魔素を蓄積した結果だが、ここまで色の変化が早いのは初めて見た。


「どれだけ魔素があるんだよ」


 普通の冒険者ならとっくに魔人になると逃げ出す所だが、シルトは落ち着いている。

 ため息をつきつつ、シルトは腰のポーチから白いブロックを取り出し、具足にあるスロットの一つにさしこんだ。

 同時に真っ赤に変わっていたブロックを抜き出してポーチに入れる。


 具足にたまった魔素をブロックに移してしまえるこの機構も魔道具職人に改良してもらった結果だ。

 改良により魔法による魔素の放出ができないシルトの継戦能力はかなりあがっていた。


——びしゃり


 足下で水音がした。

 シルトはようやく慣れてきた目で下を見る。

 岩かとおもって踏んでいたものは、人間のものに比べて明らかに太い骨だった。


 シルトは改めて辺りを見回す。

 そこは白砂の上にいくつもの白骨がころがる、三方を白糸のように水が落ちる崖に囲まれ、一方が海へと落ちる長大な滝に開かれている三十ジィ四方ほどの空間だった。


 骨の正体はすぐに竜種だとわかった。

 なぜなら、目の前に、まさに骨になろうとしているワイバーンの死体があったからだ。


 背中は乾き、腹は腐り、スライムやワームといったスカベンジャーが出入りしている。

 けれど、大きな歯形や穴がある所からすると、他の魔獣も食べているのだろう。


「竜の骨か……東ティランジアなら結構な高値で売れるけど、薬としてこの量を使い切るには何百年かかるんだ?」


 そういいつつも、シルトの顔はゆるみ、さっそくポーチの口を開けていた。

 触れるだけで収納される、ポーチに付属した杖で骨を収納していくうちに、骨の隙間に丸い実をつけた植物があることにきづいた。


「お、なんかそこかしこに似たような株があるな、なんだこれ?」


 低木が竜の頭骨の近くに生えている。実は何種類かあるけれど、葉っぱは同じ、近縁種だ。

 シルトは一つちぎって見てみるけれど、今まで市場でも森でも見たことがないものだ。

 


「……何種類か持って帰ってみるか」


 持っていた実とはべつに、形が違う何種類かの実と、手近な株を一つ丁寧に掘り出してポーチに収納した。


 近いうちにブラディアに戻ろうと考えていたシルトは久しぶりに会う友人達の顔を思い浮かべて笑みを浮かべた。

 流れとはいえ、彼らが協力してくれなければ、彼らが味方でいてくれなかったら自分は生き残れなかったし、その後も立ち直れなかっただろう。


「あいつらにまた一つ土産ができたな」


 シルトはザートが何か訳ありで、目的を持っている事は感じていた。

 自分の旅を終わらせてくれた友人に恩返しをしようと、シルトはブラディアに向かうつもりだ。


「でも、ブラディアに帰る前に、街にもどらなきゃな」


 洞窟が魔獣で塞がれている以上、崖を登るくらいしか帰る道がない。

 幸い道具はそろっているけれど、結構難しそうな崖だ。

 シルトは三方を囲む崖をみてため息をついた。

 



    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


後々竜の骨をかついで合流予定のシルトですが、現時点では話の本筋に絡まないので、とりあえず閑話という形で書きました。



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