第16話【ディナーミーティング】



 スズさんと一緒にギルベルトさんを見送り、シリウスに戻る頃には足下がくらくなっていた。


「上に戻るのもなんだから、食事にしようか。ついでに血殻の入手方法についても考えよう」


 日が落ちたせいか、風がしだいに冷たくなってくる。


「そうですね。少し早いですが、頃合いでしょう」


 来客や入団直訴の人々に対応するため、僕らがいない間に改装されたエントランスを抜け、一階の食堂兼詰め所に入ると、もう食事をしている団員がちらほらいた。


「あ、団長さんお疲れさま。今日できるメニューはこれだよ」


 カウンターに近づくと、厨房スタッフの娘が壁に掛かったブラックボードを叩いた。

 かわいいイラストが描かれているメニュー板は徐々に増え、先日四枚目が追加された。


「ずいぶん種類が増えたな」


 冬だし食材の種類も減るものだと思っていたけど、増えるばかりだ。


「十字街も人が増えましたから、近くの集落から食材が入ってくるんですよ。バーベンからはとキノコ、グランベイからは海の幸、ロターからは穀物野菜、グランドルからは肉とチーズが主に来ますね。南の農業区の一角で市が開かれてるんですよ」


 多分ゾフィーさん辺りが決めてくれたんだろう。

 農業区でやるなら居住区がうるさくならなくていいな。


「じゃあ、赤カプスとアリュのパスタにアルメハ入りのソイココシチュー、網焼きで棘なしムレックス、コンチャ、オイスシェル……野菜もとったほうがいいか。三色ポローとカフィア肉の包み焼き、大で」


 大でって、それ三人前! 冬眠前のスカーレットベアかな?

 あいつらって秋口あたりに食いだめするらしいね。

 夏と秋では強さと肉のおいしさが全然違うとか。


 などと考えていたらスズさんがこっちを向いてきた。

 考えが顔に出てたかな。


「団長も早く注文しないと、スズさんが全部メニューを決めちゃいますよ?」


 慣れた様子でメモに書いていた厨房スタッフが首をかしげた。

 この食堂っていつからそんなシステムになってたのさ。


「ウルフェルとポルトとシマバスの半練り揚げ、と……いいや、それで」


 スズさんの頼んだ量を一緒に食べると考えたらげんなりしてしまった。


「うん? 団長と中尉が一緒に食事するなんて珍しいな」


 ジャンヌの声に振りかえると、エヴァやバスコ達もいた。


「丁度良かったです。皆に相談がありますから一緒に食べましょう。テーブルを持ってきてください」


 有無言わせるつもりないよね。これってパワハラにならない?

 その後、コリーやマスターまで引き込まれて幹部の食事会みたいになってしまった。


「血殻に関してはあたし達が後発なんだしぃ、バルド教の荷を奪うのが一番じゃなぁい?」


 エヴァが赤カプスで真っ赤になったクィティオを器用にフォークに巻き取りながらいった。

 フランシスコ商会が運んでいた血殻のブロックは大量だった。

 あれを何度も横取りできれば確かに効率は良い。


「ばれたらどうするんだ? ハンナの時みたいに戦闘になったら面倒だ」


「非正規軍なら良いんでしょ? 武装商船同士の戦いにすればいいじゃない。来たところから皆殺しにしましょうよぉ」


「阿呆。そんなに頻繁ひんぱんに戦闘していればレミア海から商船が逃げ出すだろうが。俺達は帝国からも色々買ってんだぞ」


 ジャンヌとバスコに反論されてすねるエヴァ。 

 間違っちゃいないけど、良い方が物騒なんだよな……


「僕が以前護衛した、バルドの血殻を運んでいたフランシスコ商会の商船は異形化したハイエルフとリヴァイアサンの融合個体に襲われていた。海賊だけじゃなく竜種のせいにする事もできる。けど、何度も使える手ではないな」


「あ、そうだ。死体を残す魔物の骨が凝血石なら、竜種の骨も凝血石なんじゃない? ね、バシル。竜種は死んでも全身残るんでしょ?」


 エヴァの問いかけに、いつの間にか参加していたバシルが渋い顔をしてこたえる。


「ワイバーンは死体を残さねぇ。自分が死ぬってときにゃ別れのあいさつして竜の墓場にとんでっちまう。だから俺達も死体のことはよく調べたことがねぇ」


「でも戦闘で死んだりもするでしょ? 解剖したりしないのぉ?」


 行儀悪くテーブルにヒジをついてマルドを飲みながらエヴァがくいさがる。

 あまり言いたくないのか、単純にエヴァが苦手なのか、バシルはため息をついた。


「竜種の死体にゃ魔獣、魔物、それに同族がむらがんだ。共食いなんてだれも見たくねぇし、危ねぇから海に流しちまう」


 それも竜種の身体に豊富な魔素と凝血石があるから、といえば説明がつくな。


「じゃあ竜を殺して凝血石を取るってプランはダメねぇ」


 さらっと口にしたエヴァの案をきき、めずらしくバシルが慌てて回りを見た。


「それ絶対オルミナの前で言うなよ? あいつ普通の竜使い以上に竜に入れ込んでんだからよ…… まぁ、殺すのは論外でも、竜の墓場が見つかれば、凝血石があるかもなぁ」


「それがわかれば苦労はしていない。が、ティランジアの担当には調査させよう」


 竜の墓場は誰も行き方を知らない半ば伝説だからな。

 見つかったら、色々と大事だ。


「じゃ、食事も終わった所でお開きにしよう。血殻の確保の手段については基本第八の調査結果待ちだけど、なにか良い案があれば報告すること。とりあえずは以上で。ごちそうさま」



 食事を終えて皆飲み直すためにカウンターに向かったり浴場にいったりする。

 僕は、部屋に戻っていつもの日課をするか。

 やっぱり自分から出した魔法じゃないと魔力操作で変換しづらいからな。



「団長」


 二階に上がった所で振り向く。

 スズさんが周りを見回していた。

 なにか話すことがのこっていただろうか。

 とりあえず手近な部屋に移動して話をきく。


「下では話せませんでしたが、もう一つの件で伺いたいことがあります。叙爵の件はお受けになるのですか?」


 いつにも増して真剣な顔のスズさんはその細面を鋭くさせて訊ねてきた。


「その件か。あれはまだ決まっていないだろう?」


「他のティルクの団員はともかく、元皇国軍はあくまで皇国に属するものです。もし団長が叙爵されれば……」


 スズさんの懸念はもっともだけど、そういったことはムツ大使とウルヴァストン子爵やブラディア王が話をつける問題だろう。

 僕の意志が入る余地はない。


「大丈夫、僕がなにか決めろ、といわれた時には皇国軍の迷惑にならないようにするから」


 いざとなれば僕が団を抜けるのだって手だ。

 なだめるように言うと、スズさんが珍しく何も言わずにらみつけてきた。


「……では、リュオネ様の事はどうされるおつもりですか」


 低く絞り出されたこちらを責める声には、少しだけ懇願こんがんがまじっていた。


「……リュオネを優先する。もちろんだ、約束する」


 こちらのためらいを見抜いたかのように、スズさんの目が険しくなったのが見えた。


「信じますよ。では」


 一瞬のためらいが信頼を落とす。

 スズさんが部屋を出て行った後、僕は手近な書類入れに振り下ろしそうになった拳を止めて、静かに落とした。







    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


【でっち上げ料理の中身】

赤カプスとアリュのパスタ

 →唐辛子とニンニクのペペロンチーノ


アルメハ入りのソイココシチュー

 →アサリ入りの豆乳シチュー


ムレックス、コンチャ、オイスシェル

 →ウニ、ホタテ貝、シャコ貝(中身は牡蠣)


三色ポローとカフィア

 →三色ネギ、野鳥


ウルフェルとポルトとシマバスの半練り揚げ

 →ハーブエール、馬鈴薯、スズキを粗くすって薬味を混ぜ、揚げたもの


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