第35話【狩人に挑むリュオネ】


 瞳を朱く染め、完全に魔人となったフリージアが瞬時に間合いをつめ、連撃を加えてくる。

 重撃、疾進、ホークピーク、重ね打ち……

 彼女の攻撃の中には、本来コトダマとともに繰り出されるスキルの動きがいくつも含まれている。

 もし正気のフリージアと戦っていれば、力は今より弱くても、今より洗練された隙のない攻撃をされていたはずだ。

 背筋に悪寒を感じつつ、右手に刺突剣のスティレット、左手に内ぞり短剣のファルカタを持ったフリージアの攻撃をしのいでいく。


「ザート、代わって!」


「頼む!」


 牽制けんせいの魔弾とともにリュオネが割って入る。

 リュオネがいま手にしている逆鉾は普段のロングソードを改造したものではない。

 寸がつまった幅広の刀身に頑丈なつばと柄をつけた、接近戦用の逆鉾さかほこだ。

 師匠のコトガネ様にこちらの手ほどきも受けたらしい。


 逆鉾を素早く左右に持ち替え、風切り音を鳴らせながらリュオネがフリージアを迎え撃つ。

 スティレットをはじいた直後に逆鉾を持ち替え、下からすくい上げるファルカタの斬撃を打ち払う。

 二人の武器が交差するたび、翠の光が舞い散っていく。


 足を交差させ、滑るように身体を入れかえるリュオネの息をつかせぬ攻撃が続く。

 逆鉾とともに加速していくリュオネの剣舞は魔人フリージアの速さにおいつきつつあった。


『——ガァァアアア!』


 それでもフリージアの言葉にならない咆哮が、リュオネの攻撃の流れを断ち切った。

 後ろにさがったリュオネの肩は長時間の剣舞によりはげしく上下している。

 もう一度剣舞をするには時間が必要だ。


 けれど、僕の方でも準備は整った。


『nアzz!』


 追撃しようとしたフリージアの足下を、氷の魔弾で牽制する。


 『落城の岩』や『オベリスク』、そのほか神像の右眼に格納している高位魔法はどれも大門を破壊しかねない規模だ。

 対人限定の高火力魔法も用意しておけばよかったけど、今いってもしかたない。

 だから今はこれが最善の手だ。


 透明にしていたフリージアの周囲に配した大楯がひかり始める。

 戦っている二人のまわりに設置した魔弾は四十。

 一個小隊の斉射に相当する。

 視界すべてを大楯にする事ができる浄眼だから可能になった技だ。


『サジタリオ・トゥルマ!』


 フリージアの周囲が蒼く光り、全属性の魔弾がフリージアに向けて殺到した。

 一ヶ所に収斂した魔弾が次々と魔法を発現させる。


「ッチィ、まだか!」


 僕は手に持ったショートソードで飛んできたファルカタを打ち払う。

 はるか上、視線の先には中央出城の上部を支えるアーチに両足をつけたフリージアがいた。


 魔弾が排出される直前、魔力を感知したのか、フリージアはファルカタを真上に投げ、魔弾の包囲網に穴を開けて脱出していたのだ。

 やはりあの動きを止めなくては攻撃も当てられないか。


『eeeエ!』


 僕に狙いをさだめたフリージアが天井のアーチを駆け下りてくる。

 長年狩人をしてきた経験のためか、一気に飛び降りることはせず、常に足をどこかにつけているので魔法で迎撃することはできない。


「リュオネ!」


 回復したリュオネが再度、フリージアと刃を交える。

 恐ろしい事にあれほど動き回っていたにもかかわらず、フリージアに疲労の様子はみられない。

 再び始まるリュオネの剣舞、翠に光る粒はもはや霧となり、二人の間に漂うほどだ。


「ザート! もうすぐフリージアが”地面に伏せる”から、狙って!」


 剣舞の中、リュオネが叫ぶ。


「わかった!」


 策があるらしいリュオネに任せて待つと、次第に二人の攻防に異変が生じた。

 無尽蔵の体力をもつかと思われたフリージアの動きが遅くなってきている。

 疲労というより、なにかに拘束されているような感じだ。

 リュオネがやっていることなのか?

 そして、ついにフリージアの剣速をリュオネの剣速が上回った。


「いくよ!」


 右脇腹に仕込んでいたホルダーから、リュオネの左手が魔鉱拳銃を抜き、零距離で魔弾を放つ。


 減速していく視界の中、フリージアがよけつつも体勢を崩し、身体を回転させながら地面に落ちていく。


『チャージ・オロクシウス!』


 再び加速したフリージアの身体は、地面ではなく、オロクシウスの衝撃を伝える鉄板の上にたたきつけられた。


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