第34話【狩人フリージア】

 女性は右手の短剣を魔人の頭から抜くと同時に左手の短剣でその首を刈り取った。

 あれが狩人、『一重』のフリージア……


 特徴はきいていたものと一致する。

 両手に持った二本の短剣。

 白と言えるほど薄い明青色の長髪は褐色の肌に映え、露出した長い手足は、障壁付与の高価な防具に守られている。


 戦闘スタイルは速さを生かした不可避の連続攻撃。

 二つ名の『一重』は二本の短剣が一つに見えるからとも、一合で勝負を決めるからとも言われている。

 最前線で異界門事変を戦ったにもかかわらず今なお現役というたぐいまれな存在だ。


 彼女の瞳はいまだ黄昏色に変わっていない。

 もしかして魔素を注がれる前に魔人を倒したのではないか、という都合のよい期待をしてしまった。

 そしてその期待は次の瞬間に裏切られる。


「ザート!」


 金属がこすれる不快な音、そして背中にかばったリュオネの悲鳴と同時に後方で土を削る音がした。

 展開した鉄板をふたたび収納し、追撃がない事をいぶかしみつつ振りかえると、フリージアは両手に持った短剣を下ろし、こちらを見据えている。

 攻撃し、止めた意図を計りかねていると、おもむろにフリージアが口を開いた。


「君、名前は」


 名前? いまさら名乗ってなんになるんだ?


「ザート、です」


 疑問に思いつつ答えると、形の良いあごが左右に動き、明青色のまっすぐな髪が緩やかにゆれた。


「違う。本当の名前」


 こちらを見つめる灰色の瞳は、何かを確信しているかのようにひたりと動かなかった。

 これは嘘をいっても話が進まないだろう。 

 僕にとっての本当の名前は、一つしかない。

 しかたなく、禁じられた名を口にした。

 

「……ヘルザート・ウェーゲン=シルバーグラス」


「そうか……シルバーグラスか。やはり教団が回収していたようだな。お前はジョアンを知っているか」


 投げかけられた問いで、フリージアが一族の名前に反応した理由がわかった。

 彼女はジョアン叔父と同世代だ。

 なんらかの交流によりシルバーグラスの名と神像の右眼の事を知っていても不思議じゃない。


「ジョアンは僕の叔父です。叔父と同じく、一族を追放される際にこれを相続しました」


「いつ相続した?」


「今年のはじめです、が……?」


 僕の答えにフリージアは遅い、というつぶやきとともに眉間に深くシワをきざんだ。

 フリージアの身体が小刻みに揺れ始めた事を不吉さを感じる。


「一つ、伝えておく。ジョアンはまだ、異界門にとらわれている」


 ジョアン叔父が生きている? 

 だとすれば、マザーはなぜ死病に冒され死んだなんて嘘をついたんだ?


「とらわれている? 生きているということですか?」


「死よりたちが悪い。もし君が異界門が開いたライ山の火口までたどり着けた時は彼を解放してやってくれ。いや、解放しなければならなくなるだろう」


 そういった直後、フリージアから圧力をともなった殺気が放たれてた。

 黄昏色に浸食されていく灰色の瞳をにらみながら、僕らも身構える。


「ただし解放するのは、これから魔人となる私を倒せたならだ。それができなければ彼を解放することはできないのだから」


 ゆっくりと身体をたわめ力をためていくフリージアが言葉を続ける。

 同時に殺意が僕らを飲み込もうと迫ってきた。


『ヴェント・ヴィギント!』


 フリージアが爆発的な突進に会わせて後ろへと跳び、短剣の刃をかろうじてかわす。


「遅い」


 ボソリとフリージアがつぶやく。

 『一重』の二つ名は伊達じゃない。

 ヴィギントまで使わなければ今の攻撃で終わりだっただろう。


『ロック・ウォール!』


 リオンが複数の場所に腰の高さほどの壁を作って援護してくれる。

 素早い相手と戦う際はしゃへい物を作るのが基本だ。


「遅い!」


 フリージアが叫ぶ。

 彼女の速さについていくのがやっとだ。

 小盾で短剣をそらし、刀身が三角形に近いリンガエッジで反撃するけれど、フリージアのナイフの動きがさらに鋭くなっていく。


「遅い、遅い、遅い遅い遅い!」


 彼女の顔は、先ほどまでの無表情とはほど遠いまでにゆがみ、剣戟の数だけむき出しの憎悪が叫び声とともに襲いかかってくる。


「遅い遅い遅い遅い遅い! なぜだ! なぜあと少しでも早く来れなかった! 法具を持っている事を教えなかった! お前がクランなど作らずにひたすらに狩人を目指していれば、私は魔人になどならずにあいつの影を解放することができたのに!」


 事情もわからないのに責められるほど理不尽な事はない。

 助けようにも助けられない、こちらに無力感を感じさせるフリージアの叫びに潰されないよう、こちらも叫び返す。


「知ったことか! こっちだって何もきかされず持たされて放り出されたんだ! 不幸の原因を僕だけに求めるな!」


 もっとも、敵を傷付ける事に意識が特化する魔人と戦いの最中に問答するつもりはない。

 敵の癖もわかった、これ以上の近接戦はやめよう。


『ヴェント・ヴィギント!』


 彼女の連撃が終わった瞬間的に距離をあける。


「チャージ・オロクシウス = ファイアジャベリン・デクリア!」


 オロクシウスを受け止めた際の鉄板による音と振動で止まったフリージアに十本のファイアジャベリンをいっせいにたたき込む。


「この組み合わせなら障壁は抜けるはずだけど……」


 腕の一本も取れれば、と考えていた僕は甘かったのだろう。

 破壊されたロックウォールの煙から現れたのは、防具を破損しつつも五体満足な魔人の姿だった。



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