第33話【続く戦闘音、すれ違う認識】
シャール達とわかれたあと、長城を走りつづけて再び第五出城に戻ってきた。
非常階段からはまだ戦闘音が聞こえている。
非常階段は長城大門のすぐ隣につながっている。
敵のど真ん中につっこむわけにはいかない。他の階段を使う必要があるな。
「リュオネ、ギルド内にある輸送用の通路を使おう。馬車が通れるくらいの幅があるから二人で戦う事ができる」
中央路を横切り海側のブロックにあるギルドに向かう。
十字街のギルドは中継基地でしかないため小規模で、支部というより支所だ。
馬車が乗り入れられる大型の引き戸は無残に壊され、となりの常用口も半壊している。
中に魔人が侵入したのは明らかだ。
中に魔人がいるのを前提に、浄眼の視界を調整し、破壊された入り口から注意深く入る。
「シャール達からきけなかった状況をできれば知りたいんだけど、これは期待できないか……」
隠れる隙間のないギルドのフロアを眺めても白い炎どころか死体も無かった。
怪訝におもっていると、耳を動かしていたリュオネが階段を指さした。
「ザート、二階から人の泣き声が聞こえるよ」
ギルド職員は一般人とはいえ元冒険者だ。
魔素を浴びないために長城の上でしか戦えないけど、エンツォさんの様に往時の強さを保っている人も居る。
第五長城の職員なら生き残っていても不思議じゃない。
「そうか、じゃあその人に話をきいてみよう」
けれど、注意深く階段を上がった先の光景は
建物の内壁も魔法や刃物でボロボロになっている。
武装していない職員達は、ある者は最初に見た倉庫の事務員のようになり損ないになり、ある者は魔人として頭を割られている。
「ザート、あっちだよ」
無言で先をすすんでいたリュオネが指さしたのは、廊下の向こうにあるギルドマスターの執務室だった。
確かに、ここまでくれば僕でもわかる。
嗚咽を飲み込み、鼻をすする男性の押し殺した声が聞こえてきた。
そして次の瞬間、無理矢理動かした車輪が上げる悲鳴のような声とともに、骨を砕く音がひびいた。
再び静寂に
あんな声で
でも、時間が許してくれない。
今も戦闘は続いているんだから。
「生きている方はいますか! こちらは銀級一位のザートです!」
わざと大きな声で廊下を踏みならし進んでいく。
執務室に入ると、ブロードソードを持った男性が立ち尽くしていた。
浄眼にうつる白い炎は魔人のものではない。
「そのマントは……【白狼の聖域】か……?」
四十代にもみえる中年太りした男性が汗と涙でぐしゃぐしゃにぬれた顔をあげる。
同時に一気に力が抜けたのか、その場に崩れ落ちた。
「ここに来るまでに魔人を数体倒しました。何があったか教えて下さい」
錯乱している可能性もあるので三ジィほど離れた場所から声をかけた。
男性は何度かうなずき、もっていたブロードソードを脇に放り投げた。
「わかった。私はギルドマスターのジェフだ。大森林から逃げてきた【重厚な顎門】がつれてきた数体の魔人に侵入されたんだ」
水筒を足下に転がすと、ジェフさんはなんとか受け止め、喉をならして水を飲んだ。
「ギルドは決して魔獣を長城壁内に入れてはいけない。冒険者が魔獣に追われていても、ギルドは安全な長城から援護をするだけだ。魔人ならなおさらだ」
第五長城を抜かれれば第四長城外に魔人が入り込む。第四長城で押さえ込めなければより犠牲が増えてしまう。
「それなのに【ハヌマー】の奴らが門番をおどして門を開かせた。友人のためだと言っていたのに、現場が混乱すると奴らは第四に向けて逃げていった」
ジェフさんの声は怯えではなく怒りに震えていた。
「後は阿鼻叫喚だ。体力が残っていなかった【重厚な顎門】、門番、現場にいた職員が犠牲になった。魔人になった彼らは狡猾に出入り口を押さえて露天部分の人間を狩っていったんだ。ギルドは対策本部としてしばらくは機能していたけど……ここをみればわかるだろう?」
最後は侵入され、魔人に魔素を注がれた職員や冒険者は魔人か”なり損ない”になり、他の者を襲う。
味方は減り、敵は増える中で、ギルドマスターは最後の一人になりつつも倒しきったのだろう。
ジェフさんの隣に転がっている格子柄のジャケットを着た魔人に思わず目がいった。
「君らはどこからきた? できれば下の戦いを手伝ってくれないか。まだ続いているだろう」
少し落ち着いた様子のジェフさんは僕の視線から隠すように、隣の死体に近くに落ちていたマントをかぶせながらたずねた。
「もちろん手伝います。通ったのは第四中央路です。魔人がまず一体きて、それから五体きました」
「それを倒したのか……! さすがは【白狼の聖域】の団長と副団長、といったところだな」
軽い笑い声がすぐにうめき声にかわる。障壁なんてとっくに切れ、身体は満身創痍だ。
急いで回復ポーションを渡す。
「ではもう現場に向かいます。どこのクランが引き受けているんですか?」
ジェフさんの声には余裕がある。
どこか有能なクランがまるごと滞在していたんだろう。
「【雪原の灯台】が滞在していたはずだ、それにここに魔人が侵入する直前、幸運にも【一重】のフリージアが駆けつけてくれた。君らが加われば事態は収束するだろう」
安心した様子のジェフさんとは反対に、僕は自分の顔が怒りに染まっていくのを自覚した。
あいつらは、【雪原の灯台】は狩人のフリージア一人を残して全員が逃げていったか。
【一重】の二つ名を持つソロの狩人のフリージアがどれだけの強さか知らないけれど、女性一人に任せるなんてふざけるなよ。
僕らの雰囲気で事態のまずさを察したのか、ジェフさんの笑顔が再びくもっていく。
「ギルドマスター、僕らは彼らが山岳要塞に逃げるのに出くわしました」
ジェフさんの顔色が完全に絶望の色に変わった。
「なんだと! それならフリージア一人じゃないか! いつ引退してもおかしくない狩人の彼女が魔人になればあの時の再来だ! 早く助けにいって、せめてフリージアを逃がしてくれ。最悪大門はあきらめてくれていい。彼女が魔人になるのはまずい!」
ジェフさんの声を背に受けてとびだした後、二人で地上部へとくだる通路を駆けおりながら考える。
ジェフさんがいった”あの時”とは、ジョアン叔父が魔人になったという件だろうか。
狩人が魔人になった件なんて他にないだろう。
僕とリュオネだけで魔人になった狩人と敵対するなんて、最悪じゃないか。
幸いまだ通路の先からは戦闘音が聞こえる。まだ間に合う。
けれど、地上部にたどりついた僕らの目に飛び込んだのは二つの影が重なり合う姿。
女性の肩にかみつく皇国の鎧をきた魔人と、その魔人の頭部をナイフで破壊する妙齢の女性の姿だった。
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