第23話【戦場となる土地】 

《ポール視点》


 晩夏の内に牧草を刈り取られた、かすかに波打つ茶色一面の低地で、僕達は測距儀そっきょぎという魔道具をつかって地図作成にいそしんでいる。

 測距儀は親機と子機一対の魔道具で、離れた場所から子機を親機に向けると親機に距離と高低差が表示されるものだ。


 実はこの測距儀を作ったのはクローリスさんだ。

 普段は団長やゾフィーさんに仕事を与えられてピィピィいっているけど、結局その仕事をこなしてしまうのだからすごいと思う。


 ここロターの案件もすぐに契約を結んでしまったので、次はグランベイだと行かされてしまった。

 あまり仕事が出来すぎるのも考え物かもしれない。

 その後はグランベイの拠点で休むらしいから団長達も鬼ではないんだろう。

 たぶん。


とにかく、この測距儀のおかげで、僕らの地図作成はストレス無く進んでいる。



「ヒマだよポール、ヒマー」


 僕のすぐ後ろで馬に乗っているハンナさんがぼやいたかと思うと弦が鳴る音がした。

 ウェトサラマンダーでもいたのかな?

 僕は魔獣に矢が刺さった音を頼りに進み、水路のそばに落ちていた凝血石をひろう。

 そしてハンナさんのもとに戻る。

 これも索敵の練度をあげる訓練だ。


「ポール、メシ食いにいかない? バーベンとちがって魔物も弱いし低地だから視界は広いし、すぐおわるだろ。ここに来る途中の村でうまそうな匂いがしてたんだよ」


「兵種長がサボったって団長にいいつけられて、また衛士隊に入れられますよ」


「う……やな事を思い出させるな」


 スズさんと同じ制服を着せられたのがよほど嫌だったんだろう。

 団長の話をもちだすと、ハンナさんはだいたいおとなしくなる。

 スズさんの言うこともろくに聞かなかったハンナさんだけど、団長には逆らわない。

 古い血が濃いハンナさんは、何度か戦いを見て、団長をミツハ少佐のようなリーダーだと認めたらしい。


「それに、団長から出された宿題わすれたんですか?」


「宿題」


 ハンナさんが無表情でオウム返しをしてくる。

 これ、ぜったいわかってない顔だよ!


「現場をみて、もし自分が攻める側だったとしたら、ブラディアから海までどのルートで攻めるか教えてくれって言われてたじゃないですか!」


 団長は十中八九王都ブラディアは陥落すると言っている。

 これは僕らも同意している。

 城に向かってくびれていく地形は押し込められるばかりで、守るのに向いていない。

 ブラディアの市街を囲む城壁は魔法の飽和攻撃に耐えられないし、長城もいつかは破壊されるだろう。


 そしてその先の長城壁は精鋭の一騎打ちになる。

 ここはオットーのような重戦士が受け持つことになるだろう。


 そしてアルドヴィン軍が求めるのは港だ。

 長城をつかわずに王都から港まで最短で向かうなら、彼らはロター領を通る。


 団長は一番詳しく現場を見る僕らに意見を求めたんだ。


「そうだな。低地で水路も多いけど、多分コリー隊みたいな工兵が土魔法でうめるだろう」


 ようやくハンナさんが考え始めたので僕は筆記具を取り出した。

 なぜならハンナさんは自分で言ったことを忘れることがあるからだ。

 もう団に迷惑をかけるわけにはいかないんだ。

 でも僕ハンナさんの副官じゃ無いんだけどなぁ。


「長城からは離れたいから、地上に降りてからは第一長城壁と中央長城のきっかり間を走り込んで陣地を作るだろう。長城のきわにブラディア軍がいれば本隊から枝を伸ばすように回りこめば囲める。アルドヴィン軍は人数が多いから多分、奥まで入れる」


 ハンナさんの話を聞きながらため息をつく。やっぱり入られるか。

 攻めの専門家のハンナさんが言うんだから確かなんだろうな。


「後はそれだな」


 ハンナさんは僕が肩にかけている銃剣を指さした。

 これ?


「団長の話ではあちらさんも持ってるんだろ? 前衛の全兵士がもっていてもおかしくない。いや、一部しか持っていなくても、最前線に投入するはずだ」


「普通の魔法どころか弓矢より速い、見えない魔法が大量に飛んでくる。相手の恐怖につけ込んでタリム川に突き当たるまで進軍する。何しろ味方は後ろからぞろぞろついてくるんだ。立ち止まる必要なんかないな」


 ハンナさんにはその光景が見えているのか、先ほどとは別の意味の無表情で遠くを見つめていた。


「タリム川はたぶん渡らないだろう。行き先がグランベイってきまるからな。川からつかず離れずのルートで進むだろう。ロターとグランベイ、どちらに行くかはブラディア軍しだい……といった所じゃないか? ま、今思いついたのはそんなとこだ」


 そういってハンナさんはいつもの様子にもどって鞍の上で伸びをした。


「さて、じゃあメシにするか。おごってくれるんだろ?」


「メシ?」


 なんのこと?

 こちらの怪訝な顔にハンナさんが驚いた表情をしてくる。


「あれだよ、ここにくる途中の村でうまそうな肉の脂とチーズの匂いがしたっていっただろ。宿題したんだからおごるべきじゃないか?」


 ハンナさんの中では確定している話なのか、今にも馬を走らせそうな勢いだ。


「おごりませんよ。宿題をやってご褒美をくれるのは宿題を出した人です」


「それってだれだよ」


「団長に決まってるじゃないですか。ご褒美をねだるのは団長にしてください」


 言った瞬間、ハンナさんが表情を色々とかえはじめた。

 その手があったか! という表情や、でも後が怖そう、という表情がでたりひっこんだりしている。

 そんなに迷う事かな? 古い血統のこだわりはちょっとよくわからないところがあるよ……


 とりあえず次のブロックの測量に行こう。

 そう考えて僕はメモ帳を閉じ、まだ悩んでいるハンナさんの愛馬のくつわを取って隊の皆に合図した。




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


ハンナとポール、”普通の同僚”という感じで書きました。

ハンナにとって団長はリーダーだけど、甘えるのはまだちょっと……

みたいな所があります。



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