第22話【異世界とエルフの謎】


 扉の中の光景を理解した瞬間、跳ねるように外に出た。

 扉の向こうには、異形のハイエルフ達がいたのだ。

 方法を確認しなかった自分を恨みつつ、扉が閉じればと願って棚に精霊の炎刃をかざす。

 けれど反応はない。


 最悪ここで全員を相手する覚悟で扉の向こうを凝視する。

 遺跡とおもって油断した事をくやみつつ、神像の右眼と曲刀を構えたところで違和感に気づいた。

 石室の中のハイエルフ達が、僕どころか開いた扉の光にすら反応していない。


 素早く室内を確認する。

 石室の中は外の扉以上に悪趣味に装飾されていた。

 神殿のような石造りの部屋をベースにしつつ、上下左右四面に植物の根が走っている。

 根には動物とも植物とも着かない様々なものがダニのようにへばりついていて、その内のいくつかが照明らしく、淡く発光していた。



 およそ法則性があるとは思えない、混沌とした石室のなかで、改めて異形のハイエルフ達を見る。

 相変わらずこちらに目を向けるものはいない。

 

 なぜ反応しない? なぜ地下なんかにいる?

 いくつもの疑問が頭に浮かぶけれど、そのなかに一番しっくり来る疑問があった。


「……こいつら、本当に存在してるのか?」


 あまりの存在感のなさのため、つぶやいてしまった事を後悔した。

 反応しないのは目が見えないからかもしれないのだ。

 視力にたよらず、音や魔力の刺激で生きている魔獣だっている。


 けれど後悔は杞憂だった。

 彼らは相変わらずテーブルらしきものや棚らしきものの間を行き来している。



 油断せず、気配を殺して室内にはいると、彼らが魔物の幽鬼のように半透明であるのが分かった。

 さらに言えば、彼らのまわりの悪趣味な装飾も同じく半透明だ。


 どういう理屈かはわからないけど、今見ているもののほとんどは、青く光る大楯のように実体のない光の一種らしい。

 半透明なのがハイエルフだけならば幽鬼のように、小さな本体を大きく見せる魔法を使っている可能性があった。

 けれど、装飾物まで透明というのは説明がつかない。


 幻影の一種ならば存在感のなさも一応の説明がつく。

 最上位魔法に幻をつくる魔法があるため、あり得ない事は無い。

 後はこの現象がなんなのか、だ。


 じりじりとハイエルフに近づいていく。

 五ジィ……、気づかない。三ジィ……、気づかない。

 ハイエルフ達に肉薄し、彼らの本物の口からのぞく鋭い歯までみえるほどに近づくと、彼らの話す声が聞こえた。


「……また身体の変異が進みそうだ」


 机にうずくまった個体がうめいている。


「大丈夫か? 魔素排泄キレート剤の手持ちはあるか?」


「あるが、残り少ない。衛生部に申請は出しているけど、この異界門と同じで何も返事がない」


 ハイエルフが何気なく発した単語で全身に衝撃が走った。

 ここが異界門?

 異界門事変のあったライ山や各地の聖堂の地下にあるものと同じものなのか?


 異界門は二つの世界の端境はざかいだ。

 世界が重なり合う場所なら、向こうの世界の影がみえても不思議はないか。


 僕は改めて目の前の机にいる人に擬態ぎたいした鳥の異形を見た。

 人だった頃の彫刻のような顔は硬いくちばしを飾る本物の彫刻になり、あたらしい口は顎の下にある。

 かつて耳だった場所に生まれた新しい巨大な眼をしきりに動かしている。


 やはりシド港でであったバルド教のサイモンと同じだ。


「なあ、向こうに渡った先遣隊は、全滅しているだろうか?」


 魔素排泄剤を飲んで楽になったのか、うずくまっていた個体が話し始めた。


「わからない。今まで開きかけた異界門はアルバ神の勢力に封印されるから、向こうの権力者の取り込みに失敗したのかもしれない」


「アルバ神か、忌々しい……。使いこなせない血殻を差し出せば魔法を伝えてやるというのになぜ門を閉ざす!」

 

 聞こえてくる会話に違和感を覚える。

 アルバ神を信奉する宗教なんて、辺境にかすかに残る程度だ。

 異界門を封鎖しているのはバルド教のエルフ達なのに、まったく話が食い違っている。


 もっと情報が欲しい。

 大楯で向こうの道具を鑑定すれば、なにかわかるかもしれない。

 そう考えて大楯を準備した瞬間、ハイエルフ達がこちらを見た。


 しまった、魔力の動きは向こうに伝わるのか!


「おい……、誰かいるのか? いるなら返事をするんだ! 我々は——共和国軍——所属の異界門監視隊だ!」


 まだこちらの姿は見えていないらしく、方々を見ながら呼び続けている。


「上に報告して、この異界門を再起動させよう。古い門だからあまり時間はとれないが、しばらくは向こうの光と音が通じるはずだ」


 一人があわてて走り見えなくなった。

 おそらくむこうには通路があったのだろう。


 向こうに見つかると何が起きるか分からないな。

 しくじったから、ここにはもう来ないようにしよう。

 あわただしく動きだすハイエルフ達をみながら僕は扉の外にでた。


 なんとか扉を閉め終えて、地上に出て先ほど得た情報を分析する。


 この石室は異界門で、中で動いていたハイエルフの幻影は異界の存在。

 彼らのいう先遣隊はこの世界でバルド教をつくったハイエルフ。

 

 けれどバルド教は異界門を封印して聖堂を建て、さらに血殻を集めている。

 魔素があふれる世界で異形化したエルフとどういう関係なんだ?


 疑問はとめどなくあふれてくるけど、この現場を放置してエルフの冒険者になんて見つかってはたまらない。

 僕はこの異界門を再度封印するため、ウガンの大楯から土砂を排出していった。





    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


異世界とエルフの関係についてふれました。

対立関係ははっきりしてきたかなと思います。

きちんと伏線は回収するつもりなので、今後もよろしくお願いします。


しばらく深刻じゃない話が進行しますので、そちらもお楽しみ下さい!



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