第19話【リュオネが休まなかった理由】


 魔弾の試射をした二日後、リュオネが風邪を引いた。

 あの時にくしゃみをしていたので、風邪をひくのは時間の問題だったのだろう。

 様子を見に女性階に向かう。


「あ、団長ー」


 参謀室からミワがでてきた。ちょうどいいから案内を頼もう。

 女性階は名前の通り、フロア自体が衛士隊を中心とした女性の部屋で占められているので入るには女性のだれかと入らなくてはいけない。


「ミワ、ちょっとリュオネの見舞いに行きたいんだけど、部屋に案内してもらえるかな?」


「わかりましたぁ。先ほどまで起きておられましたから、今なら大丈夫だと思いますー」


 そういっていたんだけど、リュオネ様、ザート様がお見舞いにこられましたぁ! という声の後、何か慌ただしい音が響き、入れたのはしばらくたってからだった。

 まあ、これは女性の部屋に急に来たこちらが悪い。


「おまたせしましたぁ」


 女性階の静かな角部屋を二部屋抜いて作ったリュオネの部屋はこの建物で一番良い部屋になる。

中に通されると、肩にショールをかけ、身体を起こしているリュオネがいた。

 ミワが用意してくれた椅子に座る。


「朝になっても食事に降りてこないから心配したよ。大丈夫かリュオネ?」


「う、うん。ありがと」


 そういいつつ、見せる笑顔はけだるげで目がうるんでいる。

 首筋や鎖骨が荒い息で浅く弾んでいる。

 その様子がショールの隙間から見えるので、ちょっとだけ目が泳いでしまった。


「風邪を治すには体力を回復させなきゃな。ゆっくりやすんでくれ」

 

 これが銅級の冒険者ならキュアとヒールでなんとかごまかしてしまうけれど、二日酔いの治療と同じで身体に悪いし、体力の減少が止まらないので、結局一番良いのは身体を休ませる事だ。


「で、でも仕事がまだあるから、休んだら団長室にいくよ」


 まいったな。

 この人まだ仕事に戻るつもりだ。


 最近のリュオネはワーカホリック気味というか、リュオネしか出来ない皇国関連の業務もほぼないので休暇をとってくれとスズさん達に言われているのに、なんだかんだ理由をつけて休暇を取ろうとしない。


 あのスズさんの言葉すら跳ね返すのだからなにか理由があるんだろうけど、さすがに体調をくずされてだまっているわけにはいかない。


「リュオネ、なにか休みたくない理由でもあるのか? 今の仕事なら別の人がしばらく代理をしていても問題ないものだし、皆心配してるぞ?」


 ちょっと怒っている気持ちを表すために身を乗り出してリュオネの顔をのぞき込むと、リュオネは半目だった目を見開いて毛布を引き上げてしまった。


「だってさ……ザートがまだ休みとれないじゃない」


「うん? それは、このあいだ長期休暇をとったから、次に休みをとるのは……」


 ああ、なるほど、うん。

 こちらがリュオネが休みをとらなかった理由に思い当たると、思い当たられた事に気づいたのか、じっとこちらの様子をみていたリュオネが毛布の中へと沈んでいく。


「休み、合わせたかったのか?」


 返事のかわりに、白銀の耳がくるりと回る。

 

 ようやく休まなかった理由がわかって、僕はいろんな意味を込めてため息をついた。

 安堵とくすぐったい喜びと気づけなかったうしろめたさ。


 理由がわかれば、あとはそれをかなえるだけだ。

 具体的には僕がスズさんに頼み込んで長期休暇を前倒しでもらえば良い。

 もちろん理由は伏せてもらおう。


 二人で休暇を取りたいというリュオネの気持ちが嬉しい。

 その一方で、”僕に休みを前倒しにして欲しい”といったわがままも言って欲しかった。

 リュオネのつつしみ深さと自分を律する性格は好きだけど、倒れるまでそれを貫くのはよくないと思う。


「僕もそうしたいよ。早めに休暇を取れるように、理由をつけてスズさんに言っておく。だから……」


 そこまで言ってかける言葉に迷ってしまう。

 わがままを言ってくれ? 相談してくれ?

 なんだか押しつけがましい気がする。

 なんていうのが正解なんだ?


「……教えてくれて嬉しいよ。夕食のころにまた来るから」


「うん、ありがと」


 帰り際にこちらをうかがうリュオネと目が合ったので口元をゆるませると、リナルグリーンの瞳がけだるげに微笑んだ。



   ――◆◇◆――


 休暇の件をスズさんに相談した後、そのまな参謀室で食料備蓄の話になった。

 途中クローリスとゾフィーさんも加わって四人での作業だ。


「食料の備蓄は今のところ余裕があります。ただ、難民がこのまま増えるとブラディア王の援助だけでは難しいかもしれません」


 ゾフィーさんが書類とともに食料不足について報告してきた。

 東部の農業区はどんどん拡大しているけど、収穫は当然だが来年春以降だ。

 戦争のための備蓄をつかってまで難民を受け入れる事をさすがにブラディア王は許さないだろう。


「グランベイの商会よりロターの商会の方が在庫を吐き出したいはずだ。上手く交渉して追加の予算内で確保してくれ。それでも不足するならクランで集めている凝血石をつかって帝国から買い付けよう」


「帝国からですか?」


 ゾフィーさんがけげんな顔をする。


「帝国は王国と不可侵協定を結んでいても、本音ではブラディアと潰し合って欲しいはずだ。事実、ブラディアを応援するように、グランベイにはまだ帝国の商船が問題なく出入りしている。戦争の情報が広がるほど凝血石の国際相場は上がっていくから、金貨よりも凝血石の方が帝国の商会は喜んで応じてくれるはずだ」


 もらっていた直近の資料を指し示しながら説明すると、ゾフィーさんも納得してくれた。


「では食料の買い付けはこちらで手配します」


 そういって自分の席にもどるゾフィーさんが小さな咳をした。


「ゾフィーさんも風邪ですか?」


「そんな事は……いえ、はい。一昨日の夜からです。申し訳ありません。リュオネ様との接触はさけていたのですが」


 リュオネに移した可能性を考えたのだろう。

 申し訳なさそうにゾフィーさんがうつむく。


 それにしても、幹部がこれ以上風邪をひくのはまずいな。

 一般団員まで風邪がはやりだしたら面倒なことになる。

 けど、みんなリュオネと同じくらいには疲れているはず。

 疲れを抜く方法か……



「ザート、クラン内の風邪予防に一つ良い案があるんですけど」


  風邪、風邪とうなっている顔を上げると、二日前にはくしゃみをしていたはずのクローリスが自信ありげな顔をしていた。




   ――◆◇◆――


「「「あああぁぁぁ〜」」」


 寒空の中駆け回った身体に温泉の熱がしみこんでいく。

 といってもここはバーベンではなく第三十字街、しかも拠点の隣だ。


「バーベンの温泉をこっちに持ってきちまうなんて発想、普通しねぇよなぁ」


 バスコが天井を見上げながら目を閉じる。


 クローリスが提案してきたのは僕の神像の右眼を使った”温泉輸送”だった。

 温泉が体力を回復させるのに良いのは当たり前。

 拠点の隣に温泉を用意すれば、団員全員の体力回復が回復して風邪も流行しない、という話だ。


 その当たり前の発想が出てこなかったんだけど、クローリス曰く、テッパンというものらしい。

 

「まあ、気持ちよければいいじゃん。今回はクローリスの手柄ということで」


「だなぁ」


 湯船を急いでつくったコリーと、リザさんのところまで隣の建物の使用許可をとりにいっていたショーンがため息をつく。


「おいー、俺の手柄も忘れないでくれよー」


 少し離れた浅い場所で寝ていたバシルがだらしない声をあげていた。

 バシルが特等席を使っているのはここからバーベンまで往復してくれたからだ。

 彼の愛竜キビラは竜騎兵隊では一番スタミナがあるらしいので頼んだ次第だ。

 僕と案内役のデボラさんも寒かったけど、前で操っていた彼はそれ以上にさむかっただろう。


「わかってるよ。明日から二日は休暇だ。グランベイでキビラと一緒に羽を伸ばしてきてくれ」


「あざーす……」


 再び静かになったので改めて温泉を堪能する。


「それで団長、殿下のお加減はどうでした?」


 熱い湯でうなっていたオットーがおもむろにきいてきた。

 リュオネやゾフィーさんら女性陣は僕らの前に湯船をつかってもらっている。

 当然お湯は代えている。


「うん、だいぶ良いみたいだった。デボラさん推薦の胃腸にきく温泉も飲んだせいか食欲ももどったみたいだし。みんなのおかげだってさ」


「それは重畳の至り」

「ありがたきお言葉ー」


 他のみんなも、それぞれにほっとした様子だ。

 こうしていると、やっぱりリュオネはみんなに愛されているのがわかる。

 けど、リュオネは皇族として彼らを臣下として接しなければならない。


 そんなリュオネが健やかでいられるように、自然と本音を言ってくれるような存在になりたいと、湯船の中でそんなことを考えていた。




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


今回は全体にリュオネが愛される話でした。



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