第38話【敵国との戦闘(8)〜スズの視点】


「無駄だ。練度が高ければ鋼糸は上位魔法にも耐える」


 そういうと、クランリーダーは鋼糸にからめとられたガストンの手からメイスをもぎ取った。

 戦闘中だというのに、メイスの機関部をしげしげと眺めている。 


「へぇ……市中には出回らないものだ。高等学院は劣等生にはこういうものを与えてブランドを保つんだな」


 普段の彼らしくない口調で皮肉を言うと、クランリーダーはコトダマを発しようとしていたガストンの口にためらいなくメイスを振り下ろした。


「おぶっ!やめろくそが! 痛い! 痛い! 痛い!」


 ためらう事無く何度も振り下ろされるメイスの攻撃に、はじめは悪態まじりだったガストンの声は次第に悲鳴に変わっていった。

 けれど、ガストンの悲鳴にかまわず振り下ろされていたメイスが唐突に止まる。

 代わりに響いたのはコトダマではない詠唱だった。



——土よ

 ——授けたまえ、授けたまえ、授けたまえ

 ——シキの泉より湧き出でり我が魔力もて、理の針をすすめたまえ

 ——汝万物を内にはらみし母なれば

 ——我が敵を害すための一切を産み落としたまえ


 攻撃が止んだことで再びわめくガストンにかまわず句は詠まれるが、いまだ何の魔法も出していない。

 これは万法詠唱だ。

 コトダマによる縛りを無視し、自由に魔法を作り出せる、スキルではない純粋魔法。

 ただし、これは年を重ねた熟練者が研究用に使うもので、若者が戦いの場で使うものじゃない。



 ——地中にこごり、万物を貫く槍を授けたまえ

 ——幾たび阻まれようとも、我が意のごとく、鋭さを保ち続ける槍を授けたまえ

 

 ——我重ねて願う

 ——汝万物の母より産み落とされし同胞はらからなれば

 ——我が意に沿いてその姿を表せ

 ——汝は我 あるじにしてしもべ いずくんぞ我が意にそわぬ事あらんや


『レグ・ナーゼル』


 詠唱の終わりともにガストンの身体が跳ねた。


 じりじりと鋼糸にからめとられたガストンの身体が持ち上がっていく。

 彼の身体の下にはいくつもの槍が並んでいた。


 ガストンの張る魔法障壁は目で見えるほど強力だ。

 槍は魔法により作られているため、相殺されてしまう。

 けれど、槍は割れた下から新しい穂先を伸ばし、次第に障壁を食い破っていく。


 槍によって持ち上げられたガストンの顔に張りつめた鋼糸がだんだんと食い込んでいく。

 魔法でも焼けない鋼糸にからめとられ、折れても折れても生える槍が魔法障壁を削ってくる恐怖。

 絶対に逃れられない恐怖がガストンを襲っている。


「フィリペ殿下! こちらが情けをかけ、手加減したのを良い事に、この男は罠を使い旧友を平気で殺そうとする狂情の輩です! 即刻切り捨てて下さい!」


 周囲の貴族達が自らの手勢を動かそうとしたのを公爵の息子が手で制した。

 意図は分からないけど、最後までやらせるらしい。


「なぜです殿下! いや、ヘルザート! 助けてくれ! 悪かった! あやまるから! 許して、許して下さい! ヘルザート!」


 ガストンのあらゆる体液で汚れた身体がクランリーダーの腰のあたりで止まった。

 クランリーダーはガストンの隣に立ち、冷酷な瞳で彼を見つめた。


「重ねて言うが、私はヘルザートという者を知らない——貫け」


 ガストンの絶叫とともに、地面に大量の血が流れる。

 同時に鋼糸と槍はとけるように消え、一つの高等魔術学院生の死体だけが地面に落ちた。

 クランリーダーはゆっくりと公爵に向き直り、もっていた槍を地面に突き立てた。


「王国の諸侯よ、これは戦にあらず! 故国に向かうティルクの民を襲う賊を討滅せんとする貴殿らに加勢した我らを、この者がゆえなく害さんとしたためやむなく討ち取ったものなり! この者の乱心なくば貴殿らとともに功をたてられたものを、かえすがえす悔やまれるぞ!」


 クランリーダーが古い言葉で戦口上を述べる。

 あまりに破綻はたんした理屈だけど、早い話が死んだガストンに責任をすべて押しつけようという提案だ。

 いかにも辺境の騎士、といった古くさい口上に対して、公爵の息子はまだ若いにもかかわらず以外にも老獪ろうかいに笑い声をあげた。


「委細承知した、父上にはそのように話しておこう! どことなりと行くが良い!」


 公爵の息子がかけた撤収の号令にあわせ、諸侯の軍が目の前を通り去って行く。

 私達二人が相手取っていた敵の数に、改めて戦慄せんりつする。


 もし公爵の息子が、難民からつかずはなれず、この連合領軍を首都ブラディアまで進めていれば、国でのクランの立場は大きく損なわれただろう。

 そのような事態を回避するため、クランリーダーは旧友との一騎打ちという”見世物”を演じて見せたのか。


 ボロボロになったクランリーダーにポーションを手渡し、去りゆく軍勢とすれ違いながらオルミナの待つ谷へと向かう。


「……理由をきかないんだな」


 森に入る手前で、それまで無言だったクランリーダーがボソリとつぶやいた。


 書庫を使わなかった事だろうか?

 それともウェーゲン家の嫡男という正体を隠していた事だろうか?

 なんとなくだけど、どちらも根っこは同じ理由な気がする。

 彼は高等魔術学院に入れなかったというコンプレックスをなくしたかったんだろう。

 そのためには書庫という法具無しで、学院に入った同級生と戦いたかったという事だろう。


「……足止めして戦端を開く口実を与えないため、以外に理由があるんですか? 泣き言ならきいてあげますけど」


 泣き言なんてひどい言い方だ。

 本当は優しい言葉をかけてあげたい。

 でも、自分の意地を通す姿を見た後に、どんな言葉をかければいいのか。

 こういう経験が少ない私は言葉の引き出しが少なくて、結局いつもの皮肉しか口から出てこなかった。


「じゃあ泣き言なんだけどさ、右肩の火傷を治療してくれないか? 体内の魔力もほとんど無いし、ポーションを飲むだけじゃ治りが遅くてさ」


 そういうと、クランリーダーがゆっくりと膝を突いてうつ伏せに倒れた。

 歩けないと素直に言えば良いのに、何がおかしいのか、口の端だけあげたままで地面に頬をつけている。


「……はぁ。さっきみたいに自分でできないんですか?」


 どうせ治癒魔法だって使えるだろうに。


「そういうなよ。せっかく戦場で看護服きているんだから、それっぽくしてもバチはあたらないだろ」


 左腕で太陽の光をさえぎる元貴族の右肩に、私は苦手な治癒魔法をかけた。





    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


結局戦闘シーンが八話になってしまいました。

さすがに主人公の行動動機を書くときはさらっとかけないですね。


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