第36話【敵国との戦闘(6)〜スズの視点】


「ヘルザート……?」


 隣に立つクランリーダーの顔を思わず見てしまった。

 ヘルザートは本名だと想像がつくけれど、能なし? この人のどこに能なしの要素があるのか。

 疑問を口にしようとしたけど、彼の張り詰めた無表情に気圧されてしまった。


「人違いじゃないか?」


 殿下や他のメンバーには決して向けない、無関心の中に棘を潜ませた声が響く。


「いやぁ、ヘルザートでしょ。ひさしぶり、ガストンだよ。そうか、高等学院に入れなかったからどうしたのかと思えば、獣人なんかに拾われていたとはねぇ。同窓生としてはなさけないよ」


 へらへらと笑いながら大げさなため息をつくガストンという男は不快だ。

 周りにいる敵の連合領軍は、なぜか貴族もふくめ全員が二人のやりとりを見守っている。


「そうか。で、そいつはこの包囲網を突破出来ないくらい弱いやつなのか」


 私達は完全に包囲されている。

 とはいえ、私も彼もそれぞれ逃走手段を持っているので特に危機感は持っていない。


「は? 当たり前、だろう」


 肯定はしたものの、ガストンはにやけ顔をわずかに引きつらせた。

 

「本当に?」


 クランリーダーの一歩が相手を後ろにさがらせる。

 ガストンもクランリーダーが強い事は分かっているようだ。

 どうやら”能なし”というあだ名は嫉妬か何かでつけられたらしい。

 公爵家の護衛という実力者が後ずさった事で、周囲の軍からどよめきがおこった。


「うるさい! スキルを一つも持てなかった背信者が調子に乗るなよ! 『ファイア・ジャベリン』!」


 周囲の声でわれにかえったのか、顔を赤らめたガストンがメイスを振り上げる。

 カゴのような打撃部の中が朱く光ると同時に炎の投げ槍が生みだされ、クランリーダーに向けて放たれる。


(え?)


 クランリーダーが後ろに飛んで魔法を避けた。

 いつもならどんな攻撃も飛び道具であれば書庫に収納してしまうのに。


「まだだ!」


 ふたたび振り下ろされたメイスから、先ほどの投げ槍が幾本も打ち出される。

 コトダマを発する事なく打ち出される魔法は一本一本の狙いが速くて正確だ。

 クランリーダーに気圧されたからといって、始まる前に話した通り、油断していい相手じゃない。


「お前が地べたを這いずり回っている間、俺たちは最高学府で学んでいるんだ。お前が出来た無詠唱なんてただの手品だったよ!」


 ガストンが愉悦の色を顔に浮かべて放つ魔法をクランリーダーは次々とかわし、メイスの間合いの外から槍を繰り出した。


「そうだ、お前は実技じゃ魔法を使わないんだった。ファイアアローも実戦じゃまともにうてなかったもんな!」


 後ろに飛び退いたガストンが、自分の予想通りだと確信したように笑みを深くした。

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