第32話【敵国との戦闘(2)】

 上空から周囲の地形を確認すると、僕とスズさんが下りた谷からしばらく先まで林が続いていて、その右には大きな川が流れている。

 林が尽きると、目の前は街道だ。


 街道は林にぶつかるまでは川沿いを通っていて、林に当たると今度は林を避けるように伸びている。

 街道は谷のある山地に近づくと林からも離れ、まばらに木が生えた丘と丘に挟まれた場所を進んでいく。


 敵はこの平原で街道を三方向から囲むように布陣している。

 スズさんの話では林に近い右翼にいるのがパスキェ子爵とブレーズ男爵の手勢。

 左翼にいるのがドコウ伯爵、マシアス男爵、プラド男爵の手勢。

 そして中央にいるのがこの地を治めるネルヴィノ公爵の手勢だ。


 名前はすぐ忘れるだろうけど、彼らはネルヴィノ公爵派、ブラディア独立に断固反対する強硬派だ。

 指揮をとっているのは公爵の次男で、他の領軍は当主が率いているらしい。


 勝手な想像だけど、公爵の館でパーティーでもあったんだろう。

 難民を護送する第一小隊の被害にあった複数の貴族の話をきいた公爵が皇国軍討伐の話をもちかけた。

 理由は次男に武勲をあげさせるため、とかそういった所だろう。


 布陣も特に変わった所は見当たらないけど、公爵の手勢が少ない点が気になる。

 身分が高い貴族の手勢が少ない場合、強力な魔法使いを警戒しなくてはいけない。


「やっぱりか——」


 遠見の魔道具には知った顔がうつっていた。


 ガストン=ボワレー。


 学院で同期だった法衣貴族の息子だ。

 公爵の次男と親しげにしゃべっているということは友人兼護衛にでもなったか。

 くさってもガストンは高等魔術学院生だ。


 知らない間に奥歯をかみしめていた。

 しばらく忘れていたどす黒い負の感情が腹の中で首をもたげてくる。


 実技でも座学でも叶わない奴らはことさら”スキル”の優秀さを強調し、スキルが少なかったり、僕のようにスキルを持たないものを”神に信頼されない者”、”背信者”、”信じるに値しない者”と罵倒し、なにか不正をしているとばかりに糾弾してきた。


 たしかに、今となっては背信者と言われてもかまわない。

 そもそもスキルはバルド教の魔道具によって判定される恩寵だからだ。


 それに、保身に走ったのは同級生だけではない。

 スキルを持たない僕をめぐっては中等学院と高等魔術学院双方が審議した。

 エルフの影響力がつよい高等魔術学院の派閥はバルド教の魔道具を否定しかねない僕の存在を危険視し、僕の進学を認めなかった。


 敵の連合領軍のざわめきで我に返る。

 敵斥候がようやくスズさん達の位置を知らせたんだろう。


「やめよう。現場で考えにひたるなんてどうかしてる」


 自分に言い聞かせるようにつぶやき、遠見の魔道具から目を離した。

 ガストンは最後まで僕に気づかなかった。


「さて、はじめるか」


 スズさんは”どんな手をつかっても敵を足止めして欲しい”と言っていたけど、敵の貴族を殺してはいけない。

 第一小隊が撃破した領軍とは訳が違って、貴族本人を殺せば戦端が開かれかねない。

 なんのためにここに来たのかという話だ。


 加えて、出来ればだけど、”一般兵でも出来る手段”で敵の足止めをしたい。

 敵の目の前に姿をさらして深さ十ジィの空堀でも作ってしまえば事は簡単にすむけれど、それをすると僕、あるいは皇国軍が警戒されてしまう。

 戦争前に実力を明かす様な事はさけなければいけない。


 空から林の手前に降り立ち、中に入ると同時にクローリスの作った魔道具を起動する。

 以前見せてもらった服の色を変える魔道具の発展型だ。

 これでマントの色を自動で周りと同じようにする。


「まずは陽動だ」


 僕は林に一番近いブレーズ男爵の手勢にむけて大楯から出した矢の雨を降らせた。

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