第29話【皇国人がリオンを好きすぎな件】


 王都からの移動は長城の下を通る道を使った。

 領軍がとおる場合もある、徒歩を前提とした道だ。

 第二長城壁を通り過ぎ、第三十字街の門を抜ければ、僕らが最初に作った東側の居住区が広がる。


「壁しかねぇ!」


 難民の先頭にいた十歳くらいの猫獣人の子供が大声を上げた。


「これ! なんということをいうんじゃ!」


 こちらが反応する前に、近くを歩いていた山羊獣人のおじいさんに怒られていた。

 男の子は純粋に驚いただけのようなので、特に気にしてないんだけどなぁ。


 おじいさんは男の子の保護者のような立場にある。

 小隊長のジャンヌとコリーによれば、難民に効率的に移動してもらうため、難民を子供五人と大人一人で組としたらしい。

 

「大丈夫ですよ。壁の向こうをのぞいてごらん」


 僕が言葉を言い終わらないうちに、彼を先頭にした子供五人が壁の向こうを確認しにいった。


「すげぇな! 壁の裏側が全部家になってるぞ!」


 壁の向こうの光景に興奮した五人の声につられて、初めは他の子供達が、そして大人達が続き、壁の向こうをのぞき、歓声をあげた。

 居住区は難民の期待を上回ったようだ。

 もちろん、期待を上回るだろうという確信はもっていたけれど、改めて喜ばれると嬉しいものがあるな。


「気に入ってくれて良かった。ここの建物は殿下が作ったものだよ」


「えっ!」


 一同がさっき以上に驚き口々に感謝の言葉を述べる。


「姫さまありがとうございます!」


「候主さま、私どものために、家づくりを御みずからなされていたとは、もったいない事でございます……」


 建物を見ていた避難民達がいっせいにこちらを向き、ごうごうと魔力でものせているんじゃないかという圧力で感謝の言葉を向けてきた。

 膝をつく者まで出る始末だ。


 感謝の嵐にもまれているリオンは皇族スマイルを崩すことはないけど、すこし引きつっている。

 あ、リオンから殺気がきた。

 誰がつくったかの説明は失言だったか。


「そ、それと細かい加工をしたのはバスコ小隊です。感謝をするのであれば彼らにも同様に願います」


 リオンが怒っているのであわてて次に感謝してもらう対象を伝える。

 建物に不備があったときに即座に対応できるように控えていたバスコ小隊の土魔法使いを紹介すると、彼らにも感謝の言葉や拍手が鳴り響いた。

 よし、これで収まったかな。


「見えているので分かっているでしょうが、その家は屋根と壁だけがある長細い倉庫のようなものです。床も窓も戸もありません。足りないものは各自で調達してもらいます。この中に木こりや大工の経験があるものはいますか?」


 ざわめく人々のなかからポツポツと名乗り出るものが出てきた。

 老人はスタミナはないけど、スキルさえあれば十分に仕事ができるだろう。

 子供も名乗り出たけど、家の手伝いをしていたならなにかスキルを身につけているかもしれない。


「では貴方たちは木工を通して居住区に貢献してください。働きに応じて賃金を支給します。この賃金は我々がブラディア王より預かったものです。この居住区はブラディア王の温情により成り立っている事をどうか忘れないでください」


 リオンのカリスマ性は居住区の安定に欠かせないけれど、本筋を見誤みあやまらせてはいけない。

 ここはブラディアであり、十字街の利用や資金は王や六爵が負担している。

 ブラディアへの帰属意識もしっかりと持ってもらう必要がある。


「それから土魔法を使える人はいますか? はい、いますね。あなた方は家と家の間の間仕切りをつくってください。基本は旅をしてきたグループで生活をしてもらいますが、ティルクの文化の問題で、同族同士で暮らした方が良いという場合もあるでしょう。そういった場合はクランメンバーが詰めている屯所とんしょに相談してくださいね」


 ジャンヌ隊から書類を持った人が前にでて大人の名前を呼び、住む場所を指示していく。

 後は彼らにまかせるか。

 難民がなるべく元の職業で生計を立てられるように手助けをする予定だ。

 これで彼らも腰を落ち着けることができるだろう。


「ザート、ちょっと」


 皆の注意が家に向かっているのを狙ってか、リオンに手招きされた。

 やっぱりあからさまにリオンの功績をいったのがいけなかったか。

 でも尊敬する根拠は適度にだしたほうが良いと思うんだけどなあ。


「ザートに殿下って呼ばれると落ち着かないよ。いつもどおりでいいから」


 あ、ダメだしするのはそっちなんだ。

 てっきり勝手に製作者として盛り上げられて怒ってると思った。


「じゃあリオンでいいの……か? いや、今更だけど、リオンは本名を男性形にかえた偽名だろ? この名前で呼び続けるとまわりも混乱するよな?」


 素直に疑問を口にすると、リオンは唐突にあせりはじめた。

 視線が落ち着かなくなり、口から躊躇ためらいのうなり声が途切れず続く。


「リュオネって呼んでいい?」


 リオンが目を見開き、口を開きかけた時、唐突に横槍が入った。


「様をつけろ! 偽名ならいざ知らず、候主の名を呼び捨てなど……!」


 なにかジャンヌさんがすごく悔しそうな顔で怒っている。

 リオン様、だと今度はクラン活動に問題が生まれるんですけど……

 さて、どうしたものか。


「リュ……リュオネ……うん」


 ん? なんか蚊の無くような声が……


「ザート、私の事はこれからリュオネって呼んで」


 声の主はリオンだった。

 揺れる瞳が普段はみられない弱気さを感じさせる。


「わかった。リュオネ、これでいいか?」


 再び僕の口から彼女の本名が出ると、リオンは満面の笑みでうなずいた。


「うん! 父様以外でリュオネって呼んでくれる人ができて嬉しいよ!」


 ああ、なるほど、変な意味じゃなく、駐屯地を出奔しゅっぽんするまでリュオネには同格の友達がいなかったんだな。

 同じ年齢の中つ人の子供も呼び捨ては出来なかったんだろう。


「ああ、わかった。これからは積極的に呼んでいく事にするよ。リュオネ」


——チクッ。


 多分コリーさんだろう、僕をはさんでリュオネの対角にいる人が僕の背中にナイフを突き立てている。

 調子にのるんじゃない?

 ちょっと警告にしては大げさじゃないかな? ねえジャンヌさん。


 ジャンヌさんは笑顔で僕を見ていた。

 そうですか、妥当ですか。

 皇国人ちょっと厳しすぎない? もしくはリュオネ好きすぎじゃない?



 


    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただき、ありがとうございます。



今後リオンの呼び方は基本リュオネになります。

リオンはナチュラルぼっち、という話でした。



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