第16話【リオンとの時間を計る砂時計】
十字街の自室で呆けていると、ノックの音がして、リオンが入ってきた。
「お疲れさま」
「うん、そっちもね。疲れた」
今日のリオンはいつもの服ではなく、準礼装のアイスブルーのドレスを着ている。
巷の流行ではなく、控えめなドレープと同系色のレイヤードといったリオンの趣味が反映されている。
以前に着ていたものをスズさんが再現したらしい。
スズさんにもってこられたとき、リオンが珍しく顔をしかめていたのが新鮮だった。
僕もまだ上着を脱いだだけでジュストコールから着替えていないけど、リオンのためにつめたいティを準備する。
ポットの上にろうとを置いて、熱湯でふやかしたティの茶葉を入れ、その上に書庫から氷を取り出してのせる。
こうしてとけた氷の滴がゆっくりと茶葉の成分を吸い込みつつポットにたまっていく。
夏は過ぎたとはいっても、緊張した後は冷たいものが飲みたくなる。
ポタリ、ポタリと褐色の滴がおちていく様を対面のリオンと眺める。
砂時計の砂を急がせる事ができないように、このいれ方でティを飲む間は時間を忘れる事ができる。
「……癒やされるな」
「うん、こういう飲み方があるなんて知らなかったよ。教えてくれたレーマさんに感謝だね」
さっきまで訪れていたブラディア王の使者から、ティルク人保護活動について、”国としての依頼”を受領していた。
色々特権が付与されたけど、大きいのは第三十字街周辺に限定して、難民としてのティルク人受けいれが認められた事だ。
内々の依頼とはいえ、これでティルク人保護、という活動が具体的に実行できるようになった。
「これでいつブラディアにティルク難民が来ても大丈夫だね」
「うん。スズさんの部下がパトラの駐屯地に伝令に向かったから、バスコ小隊以外の七小隊が王国各地を回りながらこちらに向かってくるはずだよ」
作戦詳細はスズさんが進言したものをそのまま採用している。
ポットにたまった冷たいティを小さく薄い磁器に乗せてリオンの前に差し出す。
磁器の側面には花鳥が若草色の染料で描かれている。
これも沈没船から引き上げたものだ。
「王都になったブラディア城に向かうのはその後になるのかな?」
「うーん、大隊がそろうのが年内だとしても、正式な拝命は年明けになるんじゃないか?」
今、独立したことでブラディア王は多忙を極めている。
だから略式の依頼書ですんでいるけれど、ティルク人保護活動というのは将来的にブラディアとホウライの同盟の核となる活動なのだ。
だから国が落ち着けば、正式に
「そうだ、まだ先の事だけど、王様に献上する品を一緒に選ばない?」
「うん、もちろんいいよー」
なんでもないことのように応えるリオン。
さすがもらう立場なだけあるな。
リオンには目利きの能力をいかんなく発揮してもらおう。
「それにしても、謁見か……王様に会うとか気が重い……」
しばらく我慢していたけど、やっぱり愚痴がもれてしまった。
貴族になる事をめざしている身だけど、やっぱり不安になってしまう。
それに対して、ポットからティのおかわりを注いでいたリオンがリナルグリーンの瞳をいたずらっぽく光らせて
「一応私も皇族なんだけど?」
そんな事をいいつつ僕の目をのぞき込んでくる。
リオンも僕も、お互いにある程度事情にあたりをつけていた。
特に最近はスズさんという情報収集の専門家がそばいにるんだから、その気がなくても僕の事情は把握しているだろう。
その時ではないからお互いに口にしないだけだ。
「”リュオネ殿下”じゃない時はいつも通りが良いって自分でいったろ?」
ピッピッと跳ねる銀色の耳を見つつ、出されたティに口をつける。
「それに、その耳を目にする前から僕はリオンをお姫様扱いしてたとおもうけど?」
別にへりくだっていたわけじゃないけど、リオンが貴人という事は分かっていたし、それにふさわしい振る舞いをしていたからね。
例えば領都で決闘をしようとしたときとか。
さすがにそのまま決闘させるわけにはいかないから代わりにしたけど。
「そ、そうかな? そう、なんだ……」
驚いた様にピンと耳を立ててから耳をへたらせて両手で小さな茶碗を包み込む。
にへ、と顔をくずすリオンを見てこっちも穏やかな気持ちになってくる。
その顔を見た僕はこっそり茶道具の中に氷を追加した。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
この世界の正装はだいたい、大航海時代をイメージしていただければと。
それから二人がのんでいたのは氷だし緑茶、の作法で淹れた中国茶です。
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