第14話【マスターが定位置を譲らない件】
「皆さんお疲れでした!」
「「「お疲れ様でした!」」」
僕の業務終了のあいさつに対して、アルバトロスの三人が手の平を前に突き出して斜め下に手刀を切る仕草をもって応じる。いじめだ、いじりだ。
「それさ、やっぱり禁止できないかな?」
今三人がした所作はささいな誤解で広まってしまった【白狼の聖域】の敬礼だ。
バスコさんが何を
「無理だろ。一度できあがった習慣はリーダーでもそうそう変えらんねぇぜ」
拠点屋上のビーコの寝床に『浄化』をかけているショーンがあっさりと切り捨てた。
スズさんの悪意により事の経緯が知れ渡ってから、アルバトロスやクローリスにこのネタでいじられ通しだ。
『ごっつあんです。ぷふぅ』
特にクローリス。
領都の拠点で顔を合わせる度に敬礼をしては小馬鹿にしてくる。
半分は嫌がらせだろうけど、きけば僕の前以外でもやって笑っているらしい。
何が彼女の心の琴線に触れたのかわからない。
まあとにかく、バーベン領のオーガー討伐専用道整備は無事終了した。
かつてない量の魔砂と、アルバトロス達と狩ったオーク、オーガー、スプリングリザードの凝血石などが僕の書庫に収納されている。
予想外の発見もあり、今回の整備作戦は大成功といっていいだろう。
――◆ ◇ ◆――
「ほぅ、オーガー討伐道が開通か。小隊の連中も手堅く冒険者としての練度を上げている。もう少しすればオーガーを狩れるようになるだろう」
エンツォさんがウルフェルを注いだジョッキをカウンターに置く。
本来ならクランのアドバイザーとしてきているエンツォさんはマスターの仕事はしなくていい。
じっさい、調理や拠点の管理は小隊の炊事担当が行っている。
でもエンツォさんはカウンターがアドバイスをする際のベストポジションだといって動こうとしないのだ。
ある種の職業病だよねこれ?
「そっすねぇ。俺らはビーコとザートがいたから余裕でしたけど、さすがにまだ一パーティで銅級一位相当のオーガー討伐はきついでしょう」
隣ではショーンとデニスが今日の食事当番から夕食のプレートを受け取っている。
今日はモストラウトとシガール茸などのキノコの鉄板焼きだ。
殆どが森と湖のバーベン領は、今キノコの時期を迎えている。
クランになったので、様々な旬のキノコを近くの村から安く買うことができる。
「ふむぅ、今日は動いたからか、少し物足りないな」
デニスが懐から出した小瓶から茶色い粉を自分の皿にかけて食べる。
「デニス、”ドワーフの土”もほどほどにしとけよ?」
「これはドワーフにとって必須栄養素、だ。身体が求めればかけるのはやめられん」
「んなこといってもそれただの岩塩だろうが」
「いいから食え。フィオ達はもう食べ始めてるぞ」
向こうのテーブルではオルミナさんとリオンがフィオさんと食事をしている。
ん、そうか。
相談事をするのに待たせちゃ悪いな。
とりあえず食事に集中しよう。
「——で、アルバトロスの今後の方向性について、か」
食後に温めた果実酒を飲みながら、今日の本題について話を始めた。
「クラントップの意見は最後に聞くとして、パーティとしてはどうしたいんだ?」
「はい。真竜のビーコに出来る事は多いとは思いますが、危険な仕事はさせたくありません。その、異界門事変で翼を折ってからつらいことが多かったので……」
オルミナさんの言葉に同意するようにほかの二人も黙っている。
確かに、命の危険と隣り合わせの冒険者が何をいってるんだ、とかよそなら言われそうだもんな。
「なるほど、ではザートはどう考える? ビーコは強力な戦力だと思うが」
エンツォさんがこちらに意見をきいてきた。
アルバトロスの要望に対し、全否定も全肯定も、クランリーダーなら言える。
でもそれが正しいかどうかは別だ。
僕はショーンに顔を向けた。
「確かに、ビーコは多方面で活躍できると思う。もちろん戦闘方面でもだ」
ショーンが一瞬だけ口もとに力を入れたのがわかった。
でもこれは言うべきことだ。
「異界門事変でけがをした原因は、敵の勢力圏を強引に突破しろと命令されたからだろ? 僕はそういう仕事はさせない。ビーコに飛んでもらうのは安全な空だ」
怪訝な顔をするショーンから隣に目を移す。
「デニス、鍛冶スキルはもってたよな?」
「当然もっとる。ドワーフで生産職なのに鍛冶なしなんてありえんだろ」
鼻息あらく応えるデニスに思わずニヤリとしてしまう。
「じゃあ兵器開発とテストも担当してほしい。まずはこれらの試作品の実用化だ」
クローリスが試作していた大型の銃をいくつか取り出してテーブルにならべた。
「クローリスがこれを使っているのは見たことあるよな? ショーンとデニスにはこれで空から地上を攻撃してほしい」
エンツォさんの方を見ると、良い笑顔が返ってきた。
アドバイザー的にも正解らしい。
真竜の最大の攻撃がブレスだなんて嘘だ。
あれは自分が死ぬかも知れないときのための最後の手段。
せっかくの真竜をそんな状況には絶対置かない。
――◆ 後書き ◆――
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