第13話【獣人たちの密談】
《元バイター銀級九位:デボラの視点》
空は三日月。
開け放たれた窓の外はそれなりの暗さだ。
森が深く、砦の側まで迫るバーベンの地では獣人冒険者が有利だ。
だから獣人クランの拠点がいくつもある。
今日の集まりも、その獣人クランの幹部会だ。
私は幹部じゃないけど、今世話になってるクランのリーダーの代理で顔を出している。
領都で所属クランのバイターが潰れてから、アタシはどこにも所属せず冒険者をしている。
種族的に隠密からの重い一撃が得意なアタシは、臨時の遊撃担当としては重宝される。
そのため、どこか手の足りない所に顔を出せば食いっぱぐれる事は無い。
加入を勧誘をされたのも一度や二度ではないけど、気分がのらないのでつかず離れず、今こうして幹部連中の会話には参加せずに窓際で酒を飲んでいるように人付き合いをしている。
「アルドヴィンから独立するなんて辺境伯も焼きがまわったな」
蛇獣人メインのクラン【ナガル】のリーダーが今日の主題に話をもどした。
どうでもいいけど、こいつらは自尊心が高いからナーガ人や竜人と呼ばないと不機嫌になる。
おまえら蛇じゃん、とか言えばケンカになること間違いなしだ。
「戦争はまだ先だろうな。王国軍だけなら
「ああ、【雪原の灯台】にもそこの出身がいたな。しかし、ああいう手合いは戦争に興味がないように見えるが」
「どっちにせよ、アルドヴィンは南方交易で食っていける。ブラディアに未来はねぇ」
蛇獣人の話に応えるのは猿獣人が中心のクラン【ハヌマー】のリーダーだ。
獣人には珍しく王国の事情にも詳しい、と本人は言っている。
「じゃあおぬし等【ハヌマー】は王国に脱出するのか?」
牛や馬、猪がメインのクラン【重厚な顎門】のリーダーが酒の肴を食いながら結論を急ごうとしている。
それをすりあわせるのが今夜の会合だろう。
お前は飯を食うためだけにここに来たのかと言いたくなる。
まずい酒だ。早くも帰りたくなってきた。
「俺たちは出稼ぎ労働者だぜ? グランベイから船に乗ればどうとでもなる。それより重要なのが、ホウライ皇国と王国が同盟解消した事だろう」
「それがどうした?」
ピンとこない猪にいらだった【ハヌマー】のリーダーが酒の入った杯をぐいっとあおった。
「皇国の駐留軍の軍人が今、領都でどんどん冒険者になってる。俺たちの商売敵が増えるって話だ」
「王国に駐留していた皇国軍は三百程度だったはずだ。そのうち何割が冒険者になる? それより最近【白狼の聖域】というクランが立ち上げられただろう。皇国の話題ならそれについてはなそうではないか」
【ナガル】のリーダーがさして脅威を感じなかったのか話題を変えた。
【ハヌマー】のリーダーは面白くなさそうにしたけど、話に乗ることにしたようだ。
「ちょっと前に話題になっていた”クラン潰し”が立ち上げたっていうアレか。あいつらは中つ人って話だったが、皇国の姫がリーダーって噂があったな」
「のう、【伏姫】のデボラよ。おぬし【バイター】の事件で現場におったろう。クラン潰しの女は狼獣人であったか?」
「いいや? ただの灰色髪した女だったさ。白狼姫とか白狼候主だとかの話は知ってるけど、クラン名のせいで流れた噂じゃないかね? それと、アタシはただの与力だよ」
なんでそんな噂が広がっているんだか。
確かにあの娘のためらいなく決闘を受ける姿は狼獣人のようだった。
けれどそれだけだ。男の方も外見はただの平凡な中つ人だった。
動きは化け物じみていたけどな。
「でもよ、ホウライの王族ってな美形ばかりなんだろ? 噂が本当なら【白狼の聖域】のリーダーは高貴な生まれのすげえ美女ってことだろ? 捕虜にしてぇー! こりゃ戦争になったら狙うの確定だわ」
耳障りな鳴き声をあげて猿が盛っている。
酒がまずい、ああ酒がまずい。
「おい気をつけな【ハヌマー】の。今の話を皇国人が知ったら、アンタ皇国の冒険者全員から狙われるよ?」
「ホホ、こえぇー。やっぱり王国には早めに逃げておくかな」
こちらの殺気で少し酔いが覚めたのか、肩をすくめた猿はまた一杯、酒をぐいっとあおる。
「いずれにせよ、我らバーベンに本拠を構えるクランは事がおこれば王国の傭兵になる方向で話をつめようではないか」
【ナガル】のリーダーが話をまとめたところでアタシは早々にその場を離れた。
彼らが特別に意地汚いとは思わない。
立場の弱いアタシ達は中つ人以上に抜け目なく動かなければならないからだ。
それでもやっぱりここの酒はまずい。
だから今いる【伏姫】に今夜の話を伝えた足でバーベンを出てしまおう。
「白狼の聖域、ね……。あの娘の頭に耳が生えているか、もう一度見に行ってみるか」
あの娘と飲む酒はどんなのだろう。
そんな事を考えつつ帰途についた。
――◆ 後書き ◆――
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