第52話【ビーコ、進化する】

 クラン名が”白狼の聖域”に決まった所で、乾杯となり、早めの夕食にした。

 今はそれも終わり、食後の余韻を楽しんでいる。


「ビーコ、後どれくらいで変身するんだろうな」


ショーンがジョッキ片手にぼやく。


「急ぐことないわよ。眠るならどこかの商会の倉庫にパレットを運んでもらいましょう」


 オルミナさんの言葉で気づかされた。

 そうか、アルバトロスがクランに加入するなら拠点にビーコの居場所もあった方がいいのか。


「ショーン、クランの拠点をこれから探すんだけど、拠点にビーコの寝場所もあった方がいいよな? 今までどこで休ませてたんだ?」


「ああ、街で休む時は商会の屋上を借りてた。オルミナがそこから直接飛びたってたんだ」


 ふむ、じゃあ街を拠点にするなら屋上のある建物が必須になるのかな。


「でもその条件はあまり考えなくてもいいぞ。一時的なら長城壁の上にいてもいいし、アルバトロスには隠れ家があるからな」


「隠れ家?」


 聞き返したけれど、ショーンが今度な、と笑うばかりだった。




「皆! ビーコが!」


 突然のオルミナさんの叫び声に振り向くと、ビーコが緑色の淡い光に包まれていた。

 驚きつつも皆が見守るなか、翼の中からビーコが首を出した。

 あきらかに見た目が変わっている。

 明るい緑の目、縦長の瞳、くちばしが短くなり、顔がすこし面長になっている。

 なにより目の後ろから伸びる一対の平たい紺色の角が特徴的だ。

 

 立ち上がりゆっくりと身体の向きを変えた。

 何をするつもりだ?


「え!? ビーコ、ちょっとまって!」


 オルミナさんが叫んだ直後、大きな羽音とともに風が生まれ、テーブルの空のジョッキが吹き飛んだ。

 羽ばたき一つで八ジィくらい飛び上がるなんて、魔法をつかっているのか?


「ビーコ!!」


 オルミナさんが再び叫ぶけれど、ビーコはかまわずに飛び出してしまった。

 宵闇よいやみのなか、緑色の光が海面から大きく空へと急上昇していく。

 普通の鳥竜の飛び方じゃない。


 急降下し、船の真後ろでホバリングをはじめたビーコから発された声は野太く、これまでの甲高い声とは別物だ。

 看板に詰めかけた皇国軍の船員達も呆然と眺めている。


「おい、光が!」


 ショーンの声と共に、ビーコを包む光が強さを増し、輪郭が不鮮明になる。


――キィン――


 一瞬の後、障壁が割れたときのような高い破砕音が海上に響いた。

 事実、何かが割れたのだろう。

 ビーコの周りには緑色の細かい破片がゆっくりと落ちて海風に流されていく。


「全身、かわりやがった……」


 破片の中心にいたのは、胸元まで羽毛に覆われた長い胴体と尻尾、強靱な手足、大きなかぎ爪のついた翼を持った水色の竜だった。

 四つ足に加え翼をもつのは竜種でも真竜と呼ばれる。

 二回りほど小さくなったけど、ビーコは真竜になっていた。


 さらに驚いたのは、海に入ってしまったことだ。

 船縁に駆け寄るオルミナさんの心配をよそに、ビーコの光る身体が船の周りをゆっくりと回遊している。

 水属性を併せ持つ、という書庫の情報は本当だった。

 誰かがつけたのか、いくつもかがり火の魔法が上甲板を照らしている。


 ん?

 まっすぐこっちに近づいてくる。


「みんな下がって!」


 オルミナさんの声に皆が下がった直後、海水が思い切り吹き上がった。

 そして現れたのは、魚をくわえた新しいビーコの顔だった。

 器用に船縁に手をかけてぶらさがっている。


『ルゥオン』


 軽く首を振って、魚を放り投げた。

 ゴブリンほどもある魚が僕の目の前に落ちる。そしてビチビチと跳ね回っている。

 ビーコはこちらをじっと見ていた。


「これは、僕にくれるということ?」


 とまどいつつ、書庫からショートソードを取り出し、逆手に持ち魚のひれの後ろ辺りを突き刺した。

 ビーコが満足そうに短くないたので正しかったんだろう。


「ビーコ、喜んでくれたなら僕もうれしいよ。魚ありがとうな」


 近づき眉間をなでてやると気持ちよさそうに目を閉じた。

 やっぱりこいつはビーコなんだな。


「ザート、最初は不安だったけど、ビーコがこんなに嬉しそうなんだもの。感謝の気持ちしかないわ。竜の種をくれて本当にありがとう」


 オルミナさんが目に涙をためながら、小さな両手で僕の右手を包み、感謝をしてくれた。


「うん。でも貸し借りはなしだよ。リヴァイアサンを倒すために至近距離まで近づけたのはビーコのおかげなんだから。お礼の魚ももらっちゃったしね」


 そういってふりむくと、クローリスと目があった。


「「あ」」


 マストから、さっきもらった魚がぶらさがっている。

 隣には台に乗った調理担当の船員が、下には桶をもっているクローリスがいる。

 なにしてんの君ら。


 なんか言い訳しているクローリスにため息をつき、調理担当の方に向き直る。


「別に怒りはしないから。かわりに、その魚でツマミをつくってくれないか?」


 ビーコの回復祝いだというと船員含めみんなから歓声があがった。


 後ろではオルミナさんがいつの間にか甲板にあがっていたビーコをなでくり回している。


「酒なら海から引き上げた樽酒を使いましょう。せっかくのビーコ殿の回復祝いですからな」


 ムツ大使もやれやれと言いつつ、酒を提供してくれるようだ。


「なんかすいません、祝勝会は陸にあがってから、という話だったのに」


「こういうものは勢いですよ。盛り上がったらすぐやってしまう方が思い出に残るでしょう?」


 いたずらっぽく片目をつぶる初老男性ロマンスグレー

 毅然としつつも余裕もある。

 うーん、年をとるならこういう感じになりたいな。





    ――◆ ◇ ◆――


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