第51話【クランの名前】


 ショーンとオルミナ、デニスを説得し終えた頃には空がかすかに赤くなっていた。

 船尾楼の上甲板でうずくまるビーコの周りを二つのパーティと大使が囲んでいる。

 

「さ、ビーコ、口を開けて頂戴」


 オルミナさんに言われてビーコが口を開ける。

 僕は大きく開けられた朱色の口に、ウルソ程度の大きさしかない竜の種を放りこんだ。

 ビーコを新たな竜種に変化させ、翼でふたたび飛べるようにする案について、リオンとクローリスからは昨夜のうちに、アルバトロスからはさっき了承をもらった。

 後はふたたびうずくまるビーコを固唾をのんで見つめるばかりだ。


「水属性のリヴァイアサンの種を飲み込んだなら、ビーコは水と風の属性をもった竜になるんですよね……」



 クローリスのつぶやきは夏の熱が残る潮風に流されていく。

 書庫の鑑定機能ではそうでているけど、前代未聞のことだからどんな形で、どれだけの時間がかかるか分からない。

 港についても変わらない場合も考えて、ビーコには貨物用のパレットの上に乗ってもらっている。

 それでもオルミナさんはそばにいてあげたいというので、皆でムツ大使が用意してくれたテーブルについて待つことにした。


「なあ、ザート」


 ビーコの傍らに座り込んで待っていると、対面のショーンが僕の目をまっすぐに見つめてきた。


「ビーコの翼が完全に治って飛べるようになったら、俺たちアルバトロスをお前達が作るクランに入れてくれないか」


 僕は黙ってアルバトロスの二人とプラントハンターの二人を見回す。

 一人一人にうなずき返された。

 だれもショーンの申し出に反対しないようだ。


 飛行戦力ならどこのクランだって欲しがる。

 僕がビーコに竜の種を与える事がただの同情ではないことをアルバトロスは分かっていただろうけど、僕は彼らを縛りたくなかったので黙っていただけだ。


 もちろん打算だけじゃなく、今までの付き合いも込みで気の会う先輩冒険者に入って欲しい、ということもある。


「ああ。僕らのクランの理念に賛同してくれるなら喜んで」


 アルバトロスの三人は力強くうなずきかえしてくれた。

 クランの目的、つまりティルク人の保護に賛同してくれるか不安だったけど、いらない心配だったらしい。


「あ、でも、クランの名前って決まってるのかしら?」


「「「あ」」」


 しまった、メンバー募集の前だったから油断してた。


「その様子だと決まってねぇようだな。じゃあこの場で決めちまおうぜ」


 確かに、ずるずる先送りしても解決しないし、そうするべきか。


「わかった。リオン、クロウ、候補はあるか?」


 とりあえずパーティメンバーは何か考えているはずだ。


「うーん、ガーデンプランツとか……」


「私はサンクチュアリオブビーストとか……」


 リオンはパーティ名から連想して、クローリスはクランの目的からか。


「そういうザートはどんなのを考えてたんですか?」


「リーダーの僕が言うと不公平になるから最後にするよ」


 僕の腹案は”白狼姫の腕”だ。

 白狼姫はリオンの街での通り名から来ている。

 リーダーは僕でも、リオンの理念で立ち上げるクランだからな。

 

「って事は、俺らも意見を言って良いのか?」


「もちろん。急で悪いけど、なにか無いかな?」


 アルバトロスの三人は腕を組んだり海を眺めたりしながら、それぞれうなり始めた。


「ティルクの……守り手、とか?」


 クローリス以上にストレートだなショーン。

 でもクラン名で理念が伝わるのはいいな。


「やっぱりリオンちゃんのイメージを前面に出したいわよねー。王族の」


「ちょっ! オルミナさん。皇族のイメージを利用しないってスズと約束したからそれはダメです!」


「いえ、殿下、問題ございませんぞ。ティルク人の保護という責務を正規軍から引き継いだということを内外に示すためにも、殿下に関連する名前にするのが最良かと。主上もお許しになるでしょう」


 リオンが抗議しているところに大使がスズをつれてやってきた。どうやら飲み物を用意してくれたようだ。

 スズがバスケットから木製のジョッキを取り出し、革袋から液体を注いで持ってきてくれた。

 どうやらハーブエールらしい。

 食用のスパイスを入れているのが異国風だな。


「なら、白狼の……聖域は、どうだ?」


 飲み物が回ったところで最後だったデニスがボソリとつぶやいた。

 うん、聖域か。僕の案よりいいな。


「白狼ならリオンちゃんの呼び名だしいいんじゃない? やるわねデニス」


「聖域もわかりやすいですよね! 私もサンクチュアリって言いましたけど」


 これで決まりになりそうだな。


「それにしたって恥ずかしいよ! ザート、スズ、ムツ! ダメだよね!?」


 僕らに助けを求めるのは握手だと思うよ。


「問題ありませんな」


「今の殿下は牙狩りですから」


「僕も似たようなものを考えてたから」


 孤立無援だと悟ったリオンががっくりと肩を落とした。

 諦めてくれリオン。理念を貫くなら多少の羞恥心はがまんしてくれ。




    ――◆ ◇ ◆――


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