第47話【龍の背をはしる】


《リオン視点》


 ビーコの背中の上で、眼前をおおいつくす青い光と身体を貫くような衝撃に顔をしかめる。

 リヴァイアサンに近づくにつれて衝撃と爆音の間隔が短くなっている。

 ザートの書庫が衝撃をある程度収納してくれているけど、それでもいくらか回りこんでくるらしい。


「ザート! まだマジックボックスに余裕あるかしら?」


「ありますよ! ビーコは平気ですか?」


「平気なはずないでしょ! 攻撃のせいで海が荒れすぎてる! でも戦艦までの射線をふさぐには低空飛行しかないわ!」


 ビーコにもダメージが蓄積しているみたいでオルミナさんが必死にはげましている。

 ザートもリヴァイアサンの攻撃に合わせて大楯を強化しているけれど、膨大な魔力を常に身体に巡らせているせいでつらそうだ。

 今なにもしていない自分がもどかしく感じてしまう。


 いや、違う。

 私はマガエシが使える、牙狩りの資格をもつ戦士になった。

 自分を捕らえようとする無力感を引き剥がし、後ろに置き去りにしていく。

 この国のみんなを残して皇国には帰れない。

 その思いで弱い心を奮い立たせて、どうしようもなく少ない可能性を信じて、ようやくここまで来たんだ。


 戦艦を沈めようとしている巨大な魔獣を倒す力を持っている。

 もう子供の頃のように、何も出来ない自分じゃない。


「ケァァァ!」


 なのに、現実は残酷だ。

 光と轟音が重なるほど近づいた時、ビーコが悲鳴をあげた。


「ここまでくれば僕が走っても届きます。オルミナさんはビーコと離脱して下さい」


「……っ、ごめんね」


 私はザートに抱えられてビーコの背から離れる。

 同時にビーコは羽に風を受け、一気に上空へとのぼっていった。

 長距離の低空飛行で、ビーコは限界だった。


「リオン」


 すこし身体が動き、振りかえると首にエアバレルの輪をかけられた。

 瞬間、不吉な予感が頭をよぎる。


「ザート?」


「それは保険だ。リヴァイアサンを倒した後、僕が受け止められなかった時は戦艦が来るまで浮いていなきゃいけない」


 見上げるザートの顔は戦う時の顔だけど、こちらを見る鳶色の瞳は普段とかわらない色をしていた。

 この目を私は知っている。

 初陣に行くといって周りを困らせていた私の頭に手を置き、優しくさとし、戦場に向かってしまった父様の目だ。

 優しいのに決して折れない、決意を秘めた強いまなざしだ。


「大丈夫なの?」


「空を駆けているせいで魔素の消費が激しいから、予定よりも手前でリオンには跳んでもらうけど、大丈夫」


 大丈夫と請け合うけど、私がききたかったのはそこじゃないのに。

 どうしてこういう人達は自分の安全をかえりみないんだろう。


「わかった。そろそろかな」


 今でも納得はできないけれど、私はもう責任のない子供じゃない。

 大人になって物わかりが良くなってしまった。

 身体の向きを変えてもらい、身体強化で岩のように安定しているザートの右腕に両足を乗せる。


「踏んじゃってごめんね」


「いまさら何言ってるんだ」


 左手を右手首に添えて姿勢を固めたザートに苦笑された。

 確かに今更だけど、笑わなくてもいいのに。


 リヴァイアサンが鎌首をもたげた。


「攻撃を受け止め、大楯の光が消えたと同時に跳んでくれ。魔力の残量から考えて、加速は一瞬しかできないからな」


「わかった」


 全部うまくいく、なんて盲信もしない。

 でも迷えば可能性が消える。

 

 最後の光と轟音。大楯の青い光が消えた。


『ヴェント・ヴィギント!』


 加速した瞬間に全力で跳ぶ。

 水煙を抜けた目の前に、あるはずのない鎌首をもたげたリヴァイアサンがいた。


 すぐ二発目を撃つつもりだ。

 このままだとまともに攻撃があたる。



——大丈夫。



 動揺する心を静めて正面のリヴァイアサンを見すえる。

 全部うまくいく、なんて盲信はしない。

 でも迷えば可能性が消える。

 夢みた平和な庭への道をみずから閉ざすことになる。

 

 翠色に光る三刃の鞘を右手で逆手につかみ、左手で柄を握る。

右足と刀身を平行にしてバランスを取りながらただ着地の瞬間を待つ。


 リヴァイアサンは私の足下をかすめ、先ほどと同じ動きで攻撃をした。

 狙いはザートだった。

 唇を引き結んで声がもれないようにする。


 轟音と衝撃で崩れそうになる体勢を整え、目前に迫る白いうろこに刃を突き立てた。

 他の白い魔獣とおなじく、抵抗はほとんどどない。


 そのまま生き物として不自然なほどまっすぐな背中を駆けのぼる。


 初めてきく、敵の轟音とは違う悲鳴が一瞬響いたけれど、すぐに止んだ。

 翠色の砂が舞う中を走り抜けていく。


「——最後!」


 身体をひねって尾から刀身を引き抜いて飛び上がる。


 遠ざかっていく翠色に光る砂の帯を眺めながら私ははためく髪を払いながらエアバレルを口にした。





    ――◆ ◇ ◆――


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