第44話【白いリヴァイアサン】
まっ暗な岩の裂け目から白い影がゆらゆらと水流に流されているのかこちらへと上がってきている。
まだ遠くにいるはずなのに、かなりの大きさであることがわかる。
僕が書庫の水流操作で機動力が増しているとはいっても、水中で戦闘すること自体が不利だ。
魔獣か何かは知らないけど、ここは逃げよう。
本当は真上に上がりたいのを押さえ、斜めに逃げるようにして海面をめざす。
行き先は軍艦のいる方角だ。
みんなと合流して、すぐに海域を出た方が良い。
あんな奴に体当たりされたら船でもひとたまりもない。
……まさか追ってきていないよな。
追われたままなら僕が奴を船まで引き寄せる事になる。それはまずい。
後ろを振りかえると、予想以上に悪い光景が広がっていた。
すぐそこには2ジィほどもある巨大な彫刻のような人面が迫ってきていた。
正直心臓にわるい。
驚きのあまりエアバレルを吐き出しそうになったけど、エアバレルのマウスピースをかみしめ、冷静に対応策を考える。
もう距離は五ジィほどしかない。
一気にスパートをかけられたら終わりだ。
とっさにグレンデール古城のがれきを水と一緒に吐き出す。
大量の石が相手に直撃して相手がひるんだところで一気に海上へと躍り出た。そのまま飛び石を使い上空へと駆け上がる。
直後、海面に細長く白い影が浮かんだかと思うと、海水を割って巨大な姿が現れた。
身体から海水がどうどうと落ちていく。
細く白く長い、蛇のような身体には人に近い長い手足と、さっきみた人面がついていた。
どんな仕組みなのか、トカゲのように四つ足で海面に立ち、僕をさがしているのか、キョロキョロと頭を動かしている。
「どれだけ大きいんだよ……」
乗ってきた軍艦の二倍はある。
海で船を沈めるっていうリヴァイアサンってこいつじゃないのか?
けれど、こちらにむいている表情のない顔には見覚えがあった。
ロター港で魔人化したサイモンだ。あいつに似ている。
だとすれば、こいつも元はハイ・エルフだったのか?
魔人化にしては身体が変わりすぎている気もするけれど可能性は高い。
それより気になるのは身体の色だ。
「あれって”血殻”だよな」
全身の色が、血殻で作られたシルトの”六花の具足”やその量産型と色が似ている。
あれだけの血殻をどこで手に入れたんだ?
………………
——『は、はい! 申し訳ありません。ティランジアだけではなくアルドヴィン王国の沿岸に流れ着いた分は残らず回収しました。ですが……』
——『やつらに食われたので仕方が無い、と?』
………………
唐突に、過去の記憶がよみがえった。
サイモンと商会長が、”海難事故で落とした血殻を何者かに食われて失った”と受け取れるやりとりをしていたのを思い出した。
状況からみて、商会長のいう”血殻を食ったやつら”の一匹があの元ハイ・エルフなのだろう。
こいつの仲間達が海難事故を引き起こしたんだろう。
もしかしたら皇国の第二大隊を襲ったのもこいつか?
さっきみた木っ端みじんの残骸を考えればありえる。
いずれにせよ、”血殻”をまとっているのはたしかなようだ。
だとしたら奴に魔法はきかない。どうやって倒すか。
そんなことを考えていると、リヴァイアサンが身体をまっすぐにして、頭の向きをかえ始めた。
なんのための動きだ?
奴の頭の先を目で追うと、リオン達が乗っている皇国の戦艦が見えた。
しくじった、見失った僕より戦艦をねらうのか!
奴の頭は完全に皇国の戦艦に向けられている。
何らかの攻撃を加えるのは明らかだ。
『ヴェント・ディケム!』
僕は飛び石の足場を全力で蹴りつけ、戦艦に向かって突進していった。
――◆ ◇ ◆――
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