第42話【宰相の陰謀】


「なんですと? 確かに、牙狩りには帝より三刃さんじんの鞘が下賜かしされますが、それ自体がマガエシに必要だったとは……」


 今僕らは工房に戻り、テーブルをかこんで情報交換をしている。


 三刃の鞘というのが例の鞘の正しい名前らしい。

 大使は本当は同盟破棄の報告と一緒に、リオンを皇国に連れ帰ろうとグランベイに立ち寄ったという。

 けれどリオンがマガエシを使い、牙狩りの用件を満たすとなれば話は別らしい。


「交渉が決裂したといっても、元々同盟に反対だった第一王子派の力が強まったためですからな。殿下が牙狩りとなれば完全に同盟が崩れる前に交渉も再開されるでしょう。そもそも、同盟は帝国との戦争を避けるためのもの。どちらがより得をするか、という話ではないというのに……」


 あの外交音痴めが、と大使が愚痴をこぼす。


「ムツ、交渉は苦労したでしょうけれど、宰相はそんなに強硬に同盟破棄を申し入れてきたんですか?」


「はい、まるで今までは同盟を組ませてやっていたと言わんばかりの態度でした。いつのまにあそこまで増長したのやら」


 大使は大げさな身振りでため息をついた。端正な外見に似合わず激情家らしい。

 そして皇国の姫にあたる”候主”の立場のリオンの口調ってこんな感じなのか、と妙な感慨を覚えてしまう。

 大使からもたらされた情報をかみ砕くように、リオンが長い指を口元にあて、考え込んでいる。


「まるで王国だけで帝国に対抗できるかのような口振りだけど……もしかしたら皇国なしでも対抗できる見通しがたったのかもしれない」


「殿下、なにかお心当たりでも?」


「ザート、ロター港で見たあの装備が大量にあれば、王国は単独で帝国と戦えると思う?」


 なるほど、バルド教が準備しているという法具のコピーの事か。

 王国にはエルフ降誕の聖地に建てられたカテドラル・アルドヴィンがあるように、バルド教と関係が深い。

 王国がバルド教の装備を使う可能性を考えているのか。


「銃と甲冑だけでは帝国に勝つのは難しいと思う。ただ、他にも量産法具をもっているなら戦える可能性は十分にある。バルド教と王国が深くつながっているなら、魔法考古学研究所の法具を借りられる。もしかしたら研究所自体が法具のコピー、量産に関わっているかもしれない」


 僕とリオンがロター港でバルド教と対峙した経緯を話すと、大使の顔がみるみる赤に染まっていった。


「バルド教が凝血石の流通を独占しようと考えていたとは……そのような事になれば、どの国もバルド教の言いなりになってしまう!」



「異教徒のティルク人は今よりもっと立場が悪くなるわね……」


「信徒になって冒険者を続けられても、そうとうお布施をふんだくられるだろうて」


「くそっ、異界門事変の時は凝血石を出し渋ったくせによ!」


 アルバトロスのメンバーも冒険者を待つ暗い未来に危機感を抱いているようだ。


 僕も、頭の中で状況を整理した。

 今回の同盟破棄には、バルド教とその信者である宰相がかかわっている。

 同盟を破棄させ、帝国との軍事的緊張が高まった所で法具のコピーを”神聖なエルフの武器”と称して王国軍に貸し出す。


 弓矢より強力な銃だけでも、軍の戦力は大幅に向上する。

 終戦後にバルド教は自分達が神聖な武器で国を守ったと宣伝するだろう。

 さらにはその武器は信者だけが使えるようにすれば、バルド教は生活に欠かせないエネルギー資源を独占することができる。


 自分達が権力、権威を手にするために戦争をしたい。

 そのため、皇国との同盟は邪魔になったということだ。


「これは私の裁量の範囲を超えております。皇国にもどり主上に奏上いたさねばなりますまい。往復するまで半年前後はかかります。駐留軍はまだ残してありますが……」


 そこまでいって言いよどむ。

 その前に戦争が始まれば、皇国人やその他のティルク人がどのような扱いになるかわからない。


「ムツ、分かっています。もとより私が言い出したことです。万が一の時の邦人保護はこれから作るクランで協力します。そのためにも、三刃の鞘はどうしても手に入れなくてはなりません」


 リオンの言葉に大使が即座に反応する。


「かしこまりました。それでは、これより鞘を海中より回収するため動きましょう。船はいつでも出せます」


 出発は明朝にきまった。リオンの悲願がいよいよ叶うのか。

 




    ――◆ ◇ ◆――


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