第41話【謎解き(下)鞘の価値】




「『バフォス港の西三デジィにて、我は鞘とともに沈む』……って、なにこれ? 遺書?」


「どういう状況で書かれたんでしょう?」


「バフォス港の西三デジィって、やけに具体的だな」


 みんなそれぞれ思った事を口々に言い合うけれど、結局情報が少なすぎてこのビンが何を意図して作られたものなのかが分からない。


「だいたい鞘とともにって、鞘ってそんなに大事か?」


 ショーンが椅子にどっかりともたれながらため息をつく。

 たしかに装飾がついた鞘はそれなりに値がはるけど、心中するほどの鞘なんてあるのかと疑ってしまう。


「宝の地図ってわけではなさそうねー」


 オルミナさんもがっかりしたのか、テーブルに身体を預けた。


「……」


 みんながそれぞれ座り込むなか、デニスだけが壁に背を預けて立ったまま腕を組み考え続けていた。


「どうしたんだデニス?」


「……異界門事変の時、半鞘を大事にしていた冒険者なら見たことがある」


 半鞘っていうと、普通の鞘から切っ先側を切り取ったような鞘か。

 大型の剣を肩からつるす時に使ったりする奴だよな。


 アルバトロスが今の僕よりもっとおさなかった頃に異界門事変に参加していたというのはきいていた。

 理由はビーコとオルミナさんがいたからだ。

 空輸ができる鳥竜使いは位階が低くても後衛の補給部隊で事変に参加できたらしい。

 その時のけがが元でビーコは戦闘ができなくなった、ということも聞いている。


「デニス、大事にしていたってどうしてわかったんだ?」


「曲がったロングソードを真っ二つにして鞘を抜いていたからだ。普通なら鞘の方を切って剣をとりだすだろう。だからよほど鞘が大切なのかと思った」


 なるほど、ロングソードは十万から五十万ディナはする。

 それを簡単に折ってしまうなんて、鞘が大事な上によほどの金持ちじゃなきゃできない。

 金級冒険者だってそうはいないだろう。


「その人は冒険者じゃなくて貴族だったんじゃないか?」


「そうだったかもしれん。新しいロングソードを持ってきたのが仲間というより従者や側仕えという感じだったからな」


 異界門事変に参加した貴族、しかもロングソードが曲がるほど前線ではげしく戦う人と言えば限られてくる。


 何かがつながる予感がする。


「その人はどんな鎧を着ていた?」


 貴族の戦装束はほぼ平服に近い。

 本当に重要な所だけ鎧をつけ、後は魔道具で高位の障壁を展開する。

 凝血石を惜しみなく使えるからできる芸当だ。

 だからどんな鎧を着ているかでその人の身分がわかる。


「ラメラーアーマーを全身に着込んでいたな。クローリスがきているような奴だ」


 デニスが指さしたのはクローリスの赤いコートオブプレートのすそだ。

 太ももを守る部分が体幹部と表裏が逆になっていて、皮に縫い付けられた細かい欠片が表にでている。


「ティルク系の鎧……」


 ここまでくればハズレは無い。

 確信をもちつつ、僕は最後のピースを埋めるべく、一片の金属をとりだした。


「デニス、そのラメラーアーマーはこんなものでできてなかった?」


 隣で息をのむ気配がした。

 これは、リオンには見慣れた、グランベイ沖で沈んだ皇国の武装商船に積まれていた防具の欠片だ。


「……うむ、たしかに、これで出来ていた鎧を着ていた」


 金属片が、最後のピースがはまった。


「これは、皇国の鎧の一部だ。デニスが見たロングソードより半鞘を大事にしていた人物は皇国駐留軍の人だった可能性が高い」


 金属片をテーブルに置いて話を終えると、皆の視線が自然とリオンに集まった。

 

「皇国軍でロングソードをつかっていたのは、逆鉾術を使う牙狩りしかいない。デニスさんが見た人は、私の父様、ミツハ少佐で間違いないと思う。」


 階下の街のざわめきや海鳥の鳴き声が遠くに聞こえる。


「マガエシを私が使ったときも、父様のロングソードには鞘をつけたままだった。その鞘がマガエシを放つために必要だった、という可能性は高いよ」


「じゃあ、この遺書を書いたのはリオンの父親かもしれない……ってことか?」


「いや、それを書いたのは多分事変の後に派遣されてきた第二大隊にいた牙狩りだ。彼は海戦で行方不明になっている。リオンの言うとおり、マガエシに特別な半鞘が必要だったなら、その人も半鞘をもっていたはずだ。彼なら鞘と一緒に沈む理由がある」


「それならビンの封印具が皇国製だったのも納得です。じゃあ、その鞘を海から引き上げれば、リオンはマガエシが使えるようになります……よね?」


 みんなが思っていた事をクローリスがおそるおそる代弁してくれた。

 リオンが長い間探していたマガエシを使うためのおおきな手がかりが思わぬ所から見つかったんだ。

 喜びたい反面、間違いだったらと思うと怖くてためらってしまう。


「バフォス港の西三デジィが海戦のあった海域だったのかしら? 潜って探すにはちょっと広すぎ……」


 オルミナさんの話は突如鳴らされた、いつもとは違う音色の鐘により中断された。

 地上の人々のざわめきも先ほどまでとは変わっている。


 ショーンがいち早くテラスの手すりに駆け寄る。

「あの帆はホウライ皇国の正式な戦艦だ。わざわざ第四港から来るなんて何があったんだ?」


 王国と皇国の同盟が破棄されようとしているときに、船が動いているなんて、嫌な予感しかしない。

 そして予感への答えは、唐突に後ろからもたらされた。


「それは、我々を迎えに来たんですよ」


 振りかえると、そこにはジュストを着た上品な初老の男性が立っていた。

 後ろにはスズが控えている。

 脱いだ帽子の下からは三角耳が現れ、背中から尻尾がのぞいている。

 この人も狼の特徴をもつホウライ人だ。


「おひさしゅうございます。リュオネ殿下」


「久しぶりです。ムツ大使」


 突然の訪問客にみんなが言葉を失う中、皇国戦艦の鐘が鳴り響いていた。





    ――◆ ◇ ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


三章もそろそろ盛り上がる所です。

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