第39話【ザートVSスズ(2)】沈没船の遺留品
スズの間合いは見切ったので、今度はこちらが攻めに転じる。
けれど、スズは速さに特化したスキルを持っているのか、まだ崩しきることができない。
速さだけならリオン以上かもしれない。
多分、このまま身体強化のレベルを上げていけば、押しきることもできるだろう。
でも競り勝つ程度では僕がリーダーである事にスズが安心できないかも知れない。
つまりすべきは圧勝だ。
大岩の左に立つスズが、僕の構えをみていぶかしげに目を細めた。
僕が取ったのは、刀を持った右拳をひたいの前に掲げ、後ろに流した刀身の棟に手を添えた構えだ。
「……鳥居?」
鳥居という名前があるのは初めて知った。
「はじめてスキルを見せるかと思えば、古くさいものを使いますね」
がっかりしたのか、スズは鼻白んだ顔をしている。
僕はかまわず突進し、わずかに左に傾けた刀で片手袈裟切りを放つ。
スズは自分の首を狙った袈裟切りを十字に受けて左に流し、順手に持ち替えた右の逆鉾で僕をつこうとした。
僕が右に流された刀を引き戻そうとしても、スズのカウンターには到底間に合わない。
——ひたり。
が、その右手が伸びきる前に、僕は左に移動してスズの右首筋に”左手”で持ったホウライ刀をあてた。
「なん、で…… たしかに左に流したはず」
視線を僕の目から首筋に伸びるホウライ刀に移しても、まだ目を見開いている。
刀が瞬間移動した事がよほど信じられないんだろう。
振り抜いた右手の刀を速度ごと書庫にしまい、右手の後を追うように動かした左手の中に取り出した、というのが瞬間移動のからくりだ。
普通のマジックボックスと違い、状態ごと保存し、タイムラグもないジョアンの書庫だからできた。
これでリーダーの面目はたったと思うけど、どうだろう。
「クロウ、宣言してくれ。じゃないと武器を下ろせない」
「は、はい! 勝者ザート。双方武器を下ろして下さい!」
――◆◇◆――
「あんな事、緊急時でしかやりません。普段からやってたら痴女じゃないですか」
帰り道、来た時とは違い、普通にしゃべるようになったスズが、例の”スカート全脱ぎ”の件について弁解した。
スカートは簡単に取り外しが出来るものらしく、こちらがなんとなくハラハラしている前で、スズさんは何でもない顔でスカートを拾いあげ、ボタンをかけて戻していた。
彼女いわく、”緊急時に逆鉾を最速で抜くためにはスカートを引きちぎるのが最適解”らしい。
あまり羞恥心とかない人かな?
スズにもジョアンの書庫という法具を持っている事を話した。
今後クランとして活動する上で、やはりホウライ国と仲良くしておいたほうが都合がいい。
スズが上司に報告してしまえば皇国が書庫を奪いにくる可能性もあるけど、スズの誠実さについてはリオンがうけあってくれた。
彼女には皇国の窓口役になってもらおう。
「ねぇスズ、今日ザートと戦ってみてどう思った? ザートはクランのリーダーにふさわしいでしょ?」
待ちきれなくなったのか、リオンがスズに感想をせがんできた。
確かに、元々はリオンがクランをつくって活動するのを認めるかどうかという話で試合をしたんだった。
「それについては他の要素も考慮する必要が——、そういえば、あれはなんですか?」
スズが指さした先には慰霊碑があった。
例の沈没船の犠牲者を埋めた場所だ。
「あれはグランベイ港直前で沈んだ、第二大隊の船に残っていた犠牲者の墓だよ」
慰霊碑に向かうまでの道で沈没船を引き上げた経緯を話すと、スズの顔色がみるみる変わっていく。
青ざめた顔で慰霊碑の前に来ると、静かに手を合わせた。
頭をあげて手をもどすまで、ずいぶん時間がかかった。
大隊は違っても、おそらくは誰か知り合いがいたんだろう。
「ザート、申し訳ないのですが、もう一度沈没船を外に出してもらえませんか? 遺品などがあれば遺族のもとに届けてあげたいのです」
「それは……、軍にどうやって報告するんだ? 沈没船を引き上げた、と書けば当然手段をきかれるだろう」
心苦しいけど、ここで素直にうなずくわけにはいかない。
軍船は宝箱一つとはわけが違う。
報告書は大量にかかなくてはいけないだろうし、多くの人の目に触れるだろう。
スズは信じられても、皇国軍の誰が敵に回るかわからないのだ。
「ザート、一部屋から一品は取り出してますよね? 漂着物って言ってしまえばよくないですか?」
重苦しい雰囲気の中、空気を読まないクローリスがおもむろに提案をしてきた。
漂着物か。
たしかに、クローリスと書庫を整理していた時に、雑多な小物を入れておく漂着物フォルダというものをつくった。
沈没船の小物も結局その中にいれていたんだった。
「スズさん、軍では遺留品はそういう形で戻ってくる場合もあるのか?」
海戦の後に沈没した船の品が海岸に流れ着くのは十分あり得る。
問題はそういったものが遺留品としてあつかわれるかだ。
「それは、あり得ます。こう言っては何ですが、遺族の心を慰めるために、多少不確定なものでも遺留品として届ける場合があります」
「それなら話は早い。今から取り出して仕分けるからみていてくれ」
書庫のタブレットを操作して漂着物フォルダの中身を慰霊碑の前にとりだした。
「クシやさびた短刀、煙管、勲章なんてわかりやすいですよね……え、ボトルメール? これは遺留品じゃないですよね」
適当な会話を挟みながら、クローリスと二人でサクサクと仕分けしていった。
こういう作業は部外者がやったほうがいい。
「……ザート、ありがとうございます」
士官室と思われた最初の船室でみつけた”たばこ入れ”を手にとっていると、背中越しに感謝の言葉をかけられた。
後ろのスズの表情は見えないけれど、何を考えているのか訊けないけれど。
やはりこういう作業は部外者がしたほうがいい。
それはまったく確かな事実だ。
――◆ ◇ ◆――
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