第38話【ザートVSスズ(1)】
試合の約束をした次の日、スズさんを加えた僕らはグランベイの南岬の裏側、この前に沈没船を取り出した谷の方に向かっていた。
「まさか、ウーツ工房内の試合にあんなに人が押し寄せるなんておもわなかったね」
スズさんと一緒に前を歩くリオンが振りかえり眉尻を下げた。
グランベイの北岬砦には練兵場があるけれど、予約制になっている。
だから、僕らは以前試合をしたウーツ工房に向かった。
けれど、見物人が集まりすぎたので、結局利用せずに出てしまった。
人に見られたくないスズさんは嫌がったし、そもそも僕らも目立ちたくない。
そんなわけで僕らは人目につく心配のない荒れ谷にむかっている。
「笑っている場合ですか。姫様の技は簡単に人目にさらしてよいものではないのですよ」
さっき多くの人に見られてから不機嫌なスズさんが、小言のようにリオンに抗議をしている。
リオンは笑っているし、この二人はこうしているのが普通なんだろう。
ちょうどいいからきいてみようかな。
「ちなみにリオンが使っていたのは何術というんですか?」
「これから戦う相手にむやみに話しかけないで下さい」
リオンと話すときのどことなく柔らかい小言とは質の違う、極寒の敵意とともに全力で拒否された。
けっこう傷つく。
「
なんでもないことのように秘密を話すリオンにスズさんがさらに小言を重ねていく。
道中はだいたいそんな感じのまま荒れ谷についた。
南岬が影になるこの場所は、夕方の少しの時間以外は暗い。
日差しを気にすることもなく動くことができる。
ゴツゴツした岩ばかりの中を進んでいくと、平らな場所にでる。
かつて川の中州だった場所だ。
足下も大体ととのっていて、試合には丁度良い。
さて、気楽な移動時間は終わりにしよう。
短剣を持って立つスズさんの前で僕は刀の入った袋をほどいた。
出てきたものを見てスズさんは怪訝な顔をした。
「……ホウライ刀? あなたは獣人から教えを受けたのですか?」
「いや、我流だよ。ショートソードやティランジアの片手曲刀も使う」
学校ではさすがにホウライ刀をつかう剣術はならっていない。
「武器をコロコロ変えるなんて、たいしたスキルも持っていないようですね」
戦場で自分の武器が折れるなんてざらだって教わったからね。
それはともかく、
「ホウライ刀を扱うのにスキルなんて要らないよ」
軽く挑発したら口をつぐんで殺気を飛ばしてきた。
やっぱり国の名前を冠した刀剣をけなされるとむかつくもんだよな。
刀の鞘をはらい、向き直ると、スズさんは先ほどと同じ体勢のままでいた。
外見は黒髪黒目、身長はリオンより顔半分ほど小さいくらい。
顔立ちは切れ長のつり目で、雪のような肌に椿のように赤い唇が特徴か。
リオンよりもさらに怜悧な印象だ。
昨日と同じ、腰に絞りのある灰色のワンピースを着ている。
クローリスが真ん中に立って手を前に出す。
「シッ!」
開始の合図がなされる直前、スズさんが手に持った短剣をこちらに投げる。
それと同時にワンピースのスカートが宙に舞い、思わずそれに目をむけると、よく鍛えられた太ももが弾み、一瞬で僕のいたところまでせまってきた。
「……」
常在戦場とはいっても、開始の合図直前が実は一番気が緩む。
そこをつくのは理にかなっている。
「よけましたね」
「そりゃあね」
でも僕は、スカートだけが舞ったのも、肌色に見せかけたスパッツの上にくくりつけられた十字型の武器も見ていた。
そこまで見ていてよけない理由もない。
肩をすくめると、再び襲いかかってきた。
手にしているのは丁度僕がリオンに送った改造ロングソードの小型版といった、刃渡り〇・四ジィほどの武器だ。
これが逆鉾というやつか。
右、左と浅く切りつけて刀を引くことを繰り返し様子をみる。
やはりリオンの技と同じ、絡めて巻き落とすのに慣れている。
しかも二本だ。
深く切り込めば二本の十字が刀をがっしりと挟み込んでしまうだろう。
片手でする逆手、順手の切り替えもやっかいだ。
間合いの外から打ち込んでいたかと油断すればふところに入られる。
『双角』
僕の左下からの切り上げを左の逆鉾ではじき、体を入れ替え、右の逆鉾の先を首筋に打ち込んでくる。
スキルも交えて苛烈になっていくスズの攻撃を、僕は身体強化しつつヴェント《加速》とヴェルサス《減速》で相手とぎりぎりの間合いを保ち、観察する。
「なめているのか! スキルも使わないなどと……!」
一度間合いを外したスズが焦ったように毒づいた。
僕はそれに対して皮肉げに片頬をあげながら心のなかでつぶやいた。
使わないんじゃない、使えないんだよ!
――◆ ◇ ◆――
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