第37話【リオンの覚悟と軍事同盟】
「——っ!? ばかな!」
驚愕するリオンをよそに、スズさんがくわしい事情を説明した。
「皇国大使と王国宰相でもある第一王子との協議が物別れに終わったのです。第一王子は、第一大隊が壊滅し、第二大隊も半数以上が海へと沈んだ牙狩りなき皇国軍に存在意義はない、とまで言いました。それに対し、皇国大使も、希少な牙狩りを三人も王国に送るのはあり得ないと断固として拒否しました」
淡々と事実を説明していたようにも見えるけれど、実際は第一王子への皮肉なのだろう。
スズさんの言葉はどこか人ごとのように突き放している。
「宰相の主張は言いがかりだ。駐留軍の存在意義は戦力じゃない。戦争時に軍事介入して挟撃するための口実にすぎない。牙狩りは軍属でも、あくまで魔人や異界門の危険を除去するもので人間の戦争を左右するものではないのに……」
ゆっくりと首を振るリオン。
宰相の判断が未だに信じられないようだ。
「同盟の破棄にしても、帝国のホウライ方面軍を現地に足止めする代替策が必要と病床の主上より命じられていましたが、ここまで一方的に破棄をされたのは予想外でした」
目を伏せて、ゆっくりと長くため息をはくスズさんだったけれど、話を終える気配じゃない。
「ときに姫様、勝手に館を出ていかれましたが、マガエシは放てるようになったのですか?」
ひたりとリオンを見据えた漆黒の瞳は沈黙をゆるさず、返答をまっている。
「それは……まだだ。こんなに早く同盟が崩れるなんて思わなかった」
言いにくそうに眉間にしわを寄せてリオンが答える。
それまではあくまで候主としての振る舞いをみせていたリオンだったけれど、スズさんの有無を言わさない直球の質問を前にしてつい言い訳をこぼしてしまった。
「では、同盟が破棄されるのはいっそう確実になりました。こうなれば、皇国は帝国にたいして守りを固めなくてはなりません。リュオネ様にも本国に戻り、他家の皆様と共に皇族として動いていただかなくてはなりません」
リュオネがリオンの本名か、などと考えている間もなく、リオンの言い訳を聞き逃さなかったスズさんが一気にたたみかける。
「では、この国のホウライ人やそのほかのティルク人はどうなる? 駐留軍がいなくなれば、頼るものもない」
「邦人保護は軍事同盟と帝国を初めとする他国に非難されないための方便にすぎません。自国民も他国人も善意で保護していただけです」
歯に衣着せぬものいいに、部屋の中の温度が下がっていく。
リオンもそのあたりの外交は分かっているのだろう。唇をかみしめ、スズさんを見つめている。
「それでも私は、方便を信じる人のために残る。同盟の継続も最後まで諦めない」
リオンは北岬で語った時と同じ決意でスズさんに宣言した。
しばらくにらみ合っていた二人だけれど、スズさんも予定通りといわんばかりに話を切り替えた。
「一人で何をするおつもりですか?」
「今クラン設立の準備をしている。ティルク人保護のための組織だ。それに一人じゃない」
冷たい顔でリオンを眺めていたスズさんが、ここで初めて僕とクローリスに目を向けた。
「彼らだけですか? 他には?」
「これから集める」
まだクラン設立には資金が足りない。
本格的にトレジャーハントをすれば資金は短期間で用意できるけれど、人の募集はそれが終わってからだ。
「もしや、皇族の名と姿を使うのではありませんか? 勝手に館を出た上、都合の良いときだけ私的に皇族の地位を利用するなどと、主上の最も嫌うところですよ?」
激しい言葉ではないけれど、それまでのただ冷めただけの物言いとは違う、明らかな怒気を含めてスズさんが問いかけてきた。
「そんなことはしない! 顔を知られている以上、完全に一般人と一緒というわけにはいかなくても、皇族の地位を利用することはしない。それに、私はここにいるザートがリーダーのパーティに入っている。クランも彼がリーダーだ」
リオンは半ば腰を浮かせて声を荒げた。よほど心外だったんだろう。
僕もリオンが家名を利用するような人間じゃないことはしっている。
僕がクランのリーダーになるのは初耳なんだけど、話の流れ的に指摘するのはやめておく。
「自己紹介が遅れ申し訳ありません。銅級六位パーティ『プラントハンター』のザートと申します」
「同じく、クローリスです」
スズさんはしばらく僕らをどこを見るともなく観察していた。
「そうですか。では、ザートさん。私と手合わせしてもらいます。姫様の所属するクランのリーダーが頼りなくては、ホウライ国自体が軽く見られますので」
当然のようにスズさんが試合を申し込んできた。
なるほど、僕をつぶせばとりあえず、リオンの主張を絵空事といえるからな。
理由は納得できる。断れる雰囲気じゃないな。
「ザート、スズは近衛の中でも実力者だから、全力でお願い」
うんわかった。わかったけどさ、リオンまだ候主モード抜けてないよ。
それ限りなく命令に近いお願いだよ。
――◆ ◇ ◆――
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