第32話【リオンの事情(2)】(5/6改稿)
リオンがロングソードを欲しがっていた理由はスキルのためだった。
「今ちょっと途方に暮れてる。私は昔ロングソードでマガエシを出せたから、今でも同じ武器を使えば出せるはずだ、って信じてきたのに、出せなかったんだ」
自嘲するように笑うのが痛ましい。
スキルを出せなかったときのリオンの落胆にはそういう理由があったのか。
「父様が生きている間に無理をいってでも教えてもらっておけばよかった」
「それは……」
もういないのか、と言いかけて口をつぐむ。
上を見るリオンの声は次第に湿り気を帯びて、今にも雨が降りそうな危うさがあった。
「四年前にブラディアで起きた異界門事変でね、父様は死んじゃった。多分ね」
雨粒が一つ流れる。
異界門事変というのはスタンピードの中でも最悪のものだ。
魔獣の住む世界とこの世界を直接つなげるといわれている構造物『異界門』が生まれ、魔素だまりから出てくるものよりずっと強力な個体が襲いかかってくる。
それが四年前ブラディアでも起きた。
僕が何も考えずにただスキルを得ようとしていた頃だ。
「生き残った人の話では、戦線が崩れた後に、自分は牙狩りだからって、父様は王国の狩人達と異界門に向かったんだって」
雨粒が二つ、三つと続いていく。
「死んじゃったのは、仕方ないよ。どんなに好きだった人でも、軍人だもの。でもね、せめて、父様が誇りにしていた、ティルクの人達を安心させるという役目は引き継ぎたいんだ」
夏なのに、
「私は、父様のように、ティルクの人達を安心させられる牙狩りになりたい。そして獣人保護を目的にする大きなクランをつくりたいんだ」
こちらに向き直ったリオンの顔は、普段の楽天的な快活さも、戦いの時の好戦的な
全力をもってかなえたい夢をみる者が持つ熱情がみえた。
けれどそれは一瞬で、熱い願いは海風に吹き流されるように見えなくなった。
「……これが、ザートと一緒にいられないかもって怖がってた理由、だよ。私は個人やパーティじゃできることに限界があるからクランはどうしても作りたい。でもザートは法具を隠したいから組織には入らない。ザートは今パーティを組んでくれてるけど、クランには入らないでしょ? それなら……」
その先の言葉は僕まで届かなかった。
リオンの瞳は再び不安に揺れている。
その様子をみて、僕は自分のうかつさにため息をついた。
言葉がたりなかった。
「きちんと口にしておくべきだった。僕がバックラーに望むのは『守るべきものを守れる力』だ。他人のクランに入ればバックラーを取り上げられる危険があった。だから避けたんだ」
目の前の不安でこわばっていた眉がためらいがちに開いていく。
クランに入らないかだって?
答えなんて決まっている。
クランを避けたのは、秘密を教えろと幹部から強要されたくなかったからで、自分やリオンがトップになるなら問題はないんだ。
リオンをまた不安にさせないために、僕は急いで結論をいった。
「僕は自分達でクランを作るなら問題ないんだ。パーティの目標にティルク人を保護するためのクランの結成、を加えよう。例のスキルについては保留だ。発動方法は探し続けるけど、スキルが無くても目的が果たせる位、一緒に強くなろう」
夏の月光の下、ツキヨアオイの繊細なつぼみがほどけるように、リオンの目が大きく開いていく。
「——うん!」
金色にもみえるリナルグリーンの瞳にうつる自分に気づき、あわてて身体を引き戻す。
誤解を解くのに必死で、近すぎる事に気づいていなかった。
どちらも遠慮して、話し出せなかった臆病さが恥ずかしくて、照れ笑いをしてしまう。
目の前で笑っているリオンもきっと同じだろう。
「もちろんクローリスにも相談しなきゃいけないけどね」
城塞の影の暗がりに向かって声をかけると、気まずそうにクローリスが顔をだしてきた。
彼女だって同じパーティのメンバーだ。相談するのが筋だろう。
「クラン設立については同意、です。……こちらからお願いしたいくらいですよ」
そういうと再びぐったりしてしまった。
「クラン設立については同意してくれてうれしいけど、しんどいのは自業自得だ。そもそもクロウが魔道具で遊ばなければこんな事にならなかったんだろうし」
詳しいことはわからないけど、状況的にクローリスの髪留めが原因なのは明らかだ。
「う……それについては、ごめんなさい。リオンの秘密を暴いちゃって」
「大丈夫、平気だよ。怖くて打ち明けられなかった事をこうしてザートとはなせたんだ。ありがとう、クローリス」
あの場の皆にばれたのは困ったけど、なんとかなるというリオンの言葉にうなだれていたクローリスの頭がムクムクと持ち上がってきた。
「そう、そうですよね! どう考えても結果オーライ、雨降って地固まる、二人の関係も進展中ってものですよね?」
先ほどのしおらしさはどこに行ったのか、ニヨニヨ笑っている。
そういえばこいつさっきの僕らを見ていたんだった。
リオンが身をすくませてこちらを伺っていたけれど、視線が合うと真っ赤な顔で下を向かれてしまった。
「ふふー、よきよき。ザートは縁台持ってましたよね。ここに出してください」
たたみかけるようにクローリスが縁台をオーダーしてきた。
「なにするんだ?」
「月明かりの下で飲み直しですよ!」
勝ち誇った顔のクローリスの手にはホウライ酒があった。
「お前、それどこから持ってきた?」
「お店からですよ。ザートに小脇に抱えられたりお姫様抱っこされても離しませんでした」
しれっというクローリスから、酒瓶を取り上げて書庫にしまう。
かわりにベッド一つ分くらいある作業用の縁台を書庫から取り出した。
「あんな
むくれるクローリスをなだめながら縁台に座るリオンは、長い間抱えていた問題が解決したせいか、安らかな表情をしている。
確かに、この笑顔が見られたのだから、結果的によかったのだろう。
僕ら三人は、クローリスの体調が回復する間、海にうつる月やグランベイの街を見下ろしながらこれからについて語り合った。
――◆ ◇ ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
長く読みづらかったため、二話に分割しました。
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