第30話【銀髪の狼獣人】
日が沈み、夜の灯りがともる。
グランベイは港町だけあって、様々な国の料理が食べられる。
食堂は大規模な酒場から小さな屋台まで、競い合うようにして調理の煙を通りに流し、渾然とした異国の香りをつくりだしていた。
グランベイにもどった僕らは一度宿に戻って着替えてから、前に話していたホウライ料理屋で夕食を取ることにした。
「「「いらっさいっせー!」」
威勢の良い出迎えを受けてたじろぎつつ、案内されたテーブルに着く。
周りは中つ人も多いけど、やっぱり獣人が多いみたいだ。
同族同士で話しているのか、ざわざわとした喧噪のそこかしこで、方言が聞こえてくる。
「ちょっと高めなので私も初めてですけど、ここはスシが美味しいらしいです。コースで良いですか?」
クローリスが注文してからほどなくして小鉢料理とホウライ酒がきた。
この酒は、美味しいんだけど強いから気をつけないとな。
「ではでは、本日の成果と今後のさらなるハードワークに乾杯といきますか」
僕とリオンのおちょこに酒をついだ後、自分のおちょこにも酒をそそいだ。
手慣れたそそぎ方を見て、なにか嫌な予感がする。
「まて、クロウ。お前酒は強いのか?」
クローリスの酒癖は悪くないと知っているけれど、周りが止めなければいつまでも飲んでいるタイプだ。大丈夫か?
「前の世界で似た酒を飲んでたので大丈夫ですよー。さ、リーダー乾杯のあいさつですよ?」
強引に席を立たされる。ほどほどしとけよクローリス……
「今日はお疲れ様、”選別”については僕が中心にやるつもりだけど、それはまた後日に話そう。それじゃ、乾杯」
「「乾杯ー」」
はじめて飲んだときのような失敗をしないように、ホウライ酒の入った杯を、静かに香りを楽しむように傾ける。
熟れた果実のような香りと、口に含んだ時の甘みに加え、今日の酒はエールのように舌を刺激してきた。これはこれでさっぱりする。
「おいしいー」
酒を楽しむ内に次々に料理が来て、食べている内に話に花が咲く。
店には獣人が多いので、酒の肴は自然に獣人の話になった。
「獣人はティルク大陸の人間なんですよ。ティルクにはホウライ皇国の他に、虎獣人が中心のクァン帝国、群雄割拠のテンジク諸侯国などがあります。獣人はティランジアや帝国、アルバ大陸各地に貿易や傭兵で出稼ぎに来てるんです。正規軍も少数ですけど駐留してますよ」
ティランジアの向こうには皇国以外にもたくさん国があるみたいだ。
学院にもいなかったし、軍関係は高等魔術学院に入ってから調べればいいとおもってあまり調べていなかった。
元々ティランジアに多く住んでいる少数民族というイメージしかなかった。
周りを見ると、客のテーブルの間を耳と尻尾を持った子供達が駆け回っては母親とみられる女の人に怒られている。
「ここは狼獣人が多いみたいだな」
「ホウライ皇国は狼獣人の国ですからね。皇国は皇帝が複数の国を従える国で、皇帝の一族は銀髪らしいですよ。こっちで見る事なんてないでしょうけど、憧れますよね」
クロウがたおやかな手つきで杯を口元にもっていき、ほぅとため息をついていった。
結構酔ってるな。
顔が赤いし、これ以上は飲ませない方がいいだろう。
「はいおまち、メインの寿司だよ。ホウライの皇族に憧れるなんてうれしい事いってくれるねぇ」
水を頼もうとしたらユカタという民族衣装に身を包んだ店員がカラコロと木のサンダルをならしてメイン料理を持ってきてくれた。
袖をひもでまとめたユカタは水の流れをイメージしたような紺色の縦縞模様が涼しげだ。
「わぁ! マグロがある! こっちの名前はわからないけど、やっぱりメインはお寿司ですよねぇ」
満面喜色、全身で喜びを表しているクローリスが手づかみで米の上に生魚の切り身をを乗せたスシと呼ぶものを茶色いガルムを入れた小皿につけて口に入れた。
え、どうやったの今。
「んーふー! おいしいー!」
クローリスのテンションは酒の勢いもあってかかなり高い。
そんなにうまいのか。
けど、さっきのクローリスみたいに曲芸みたいに食べるのか?
「大丈夫だよ、ハシで食べてもいいんだよ」
スシをハシで口に運ぶリオンを見てほっとした。
じゃあ食べてみるか。
クセのないガルムを小皿にとって、最初に食べる奴を探す。
色々あるけれど、最初は白くて縁が桜色をした魚のスシにした。
リオンの真似をして、切り身にガルムをつけて口に入れる。
ガルムの香りで潤った口は一握りの魚と米をするりと受けいれた。
「うまい」
理屈なしでうまい。
味のついた米と味のついた切り身がこんなにうまいなんて知らなかった。
「気に入ってもらえてうれしいよ」
微笑むリオンだけど、その顔にさす影がどうにも気になる。
二つ三つと食べてから、思い切ってきいてみた。
「それにしても今日は静かだな。体調がわるいのか?」
沈没船調査でもリオンがほとんど黙っていたのには気づいていた。
でもきいて良いものか迷っていたのだ。
「うん、少し調子悪いかな。でもありがとう、大丈夫だよ」
目を細めるリオンだけど、その顔はやっぱり優れない。
どうしたものかな。
「ほら、アオからのーミドリ!」
「きゃぁー! お姉ちゃんすごいね!」
振りかえるとクローリスが席から離れて走り回っていた子供達に、自分の髪色を変えて見せていた。
動きと言動が完全に酔っている。
大ウケの子供達と一部の大人には悪いけど、リーダーとしては連れ戻さなくちゃな。
なだめすかしながら席に戻すと、しばらくおとなしく水を飲んでいたけど、目線が完全にリオンをとらえている。
「リオンさん!」
酔っ払いの大声が店内に響く。
「はいっ!」
「あなた今日も暗かったでしょう。なにか隠し事してますね?」
あぁ、クローリスは酔うまで飲むとからむタイプだったか。
しかも直球。僕はあえてそっとしておいたのに。
「クロウ、必要以上に」
「これは必要な事なんですー。受付嬢だったんですよ私?」
大げさに手を胸に当て、僕の言葉を遮る。
クロウはいやいやバイトしてただけだろう。
「冒険者の仁義ぐらいわかりますよぉ。でも、時と場合によります。冒険者だったら仲間のつらさを分かち合ったらいけないんですか? 普通の人と同じです。話したくなければ話さない。話したければ話したらいいんです」
たしかに……訳ありな者が多いから”きかない”というマナーはあっても”きく”や”話す”がタブーではないよな。
「どれだけ深刻か分からないですけど、もう少し頼ってくれても良いんですよ。すくなくとも私はいい! どんと来いウェルカム!」
途中までまともなことも言っていたのに、何を言ってるんだこいつは。
でも、確かに冒険者のマナー、っていう奴に逃げていたのかもしれないな。
秘密といえば、僕の場合はシルバーグラスの一族を追放された話になるだろうか。
あくまで自然に、その気になれば話してもいい、少なくともためらうのは違うのかもしれないな。
「ほら、今度はリオンお姉さんですよー?」
人が感心しているそばからなにやってるかな?
今度はリオンも連れていってるし、やっぱりただの酔っ払いじゃないか!
「リオンお姉さんのー、灰色の髪が——」
——ブブ
ん? なんだ? 虫の羽音のような。空間が揺れるような……なにか不穏な音がする。
「暗青色に——」
——ヴン!
「え?」
「は?」
「なに?」
耳元を大きな羽虫が通り過ぎたような音が一瞬した。
僕とクローリスは一点をみたまま静止している。
周りの雰囲気が変わったことに気づいたのか、リオンがまわり見回す。
その頭には、犬よりも大きく長い耳がはえていた。
これはいつもの僕の幻、じゃないよな。周りの反応からして。
鮮明になった耳とともに、灰色だった髪がみるみる光を帯びてくる。
わずかな青みを帯びた、ホウライ刀の刃にある細かい光の粒をまとわせたかのような白銀の髪。
視線の先に気づいたのか、リオンがあわてて自分の頭に手をやる。
その耳が作り物ではない事を示すように、耳はピクリと伏せてしまった。
リオンは顔を青ざめさせ、口をパクパクと動かしている。
ザワ……ザワ……
「おい、銀髪の狼獣人って……」
異常に気づいた客が増えていき、店中がざわめいている。
疑問に答えてくれるのは当人だけど、恐れ多くてきけない。
できれば本人から言って欲しい。
そんな無言の期待が店を満たしている。
「お姉ちゃんお姫様だったの?」
「っ!!」
張り詰めた空気が、無邪気に憧れの目を向ける子供の一言ではじけた。
「すいません、たいへんなご無礼を!」
子供の母親らしき狼獣人をはじめとして店主、店員といった狼獣人はもちろん、なぜか他の種族の獣人まで頭を下げていた。
「……ごめん、ごめんなさい!」
「あ、リオン!」
急に席を立ったリオンは獣のように敏捷にテーブルの間をぬって外へはしりさってしまった。
店から走り去るリオンに驚く店主の前に金貨をおき、呆然とするクローリスを抱えるようにして僕も店を飛び出した。
――◆ ◇ ◆――
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