第27話【戦闘:沈没船処理】


「ザート、本当に大丈夫なの?」


 ここは例の沈没船のマストが突き出す海上。

 大型船をひっぱるためのタグボートの上で、足の裏と肘から水魔法を射出する潜水具をつけていると、リオンが今日何度目かわからない問いかけをしてきた。

 クローリスも心配そうな目で見てくる。


「大丈夫。さっきも言った通り、水魔法でバランスを取りながら船底に行って、船を土魔法でせり上げて海底に落とすだけだよ」


 リオンを安心させるために笑いながらギルドに確認した作業内容を伝える。

 リオンの頭には伏せた犬耳があるみたいにみえてくる。

 どれだけ心配性なんだろうね。


「その作業がうちの潜水夫にはできなかったんだけどな」


 立ち会い人として来てくれた、いかにも海の男なギルド職員さんが肩をすくめた。


「うまくやってみせますよ。マストがどの方向に倒れるかわからないので気を付けて下さい。じゃ、行ってきます」


 クローリスからエアバレルを受け取ってくわえ、気配察知で海棲魔獣を警戒しつつ僕は海に飛び込んだ。


(うお、やっぱり複雑だな)


 海底の地形がゴツゴツしているせいで速い水流と遅い水流がぶつかり、複雑な水流を作り出している。

 今までの潜水夫はこれを潜水装備、だけでなんとかしようとして失敗したらしい。

 でも僕の場合、常に大楯を動かしながら水が来る方向の水流を収納しているので、水流に流されることはない。

 

 マストをつたい、潜水具で少しずつ海底に向かっていくと沈没船のデッキが見えてきた。


(さて、ギルドの手前ああいったけど……)


 僕らは素直に沈没船を海底に沈めるつもりはない。

 まるごと書庫で回収してしまうつもりだ。

 今広げられる大楯は正方形だと縦横十五ジィある。

 マストは入らないけれど、それさえ分断してしまえば船首から収納することが出来る。


(まずはマストを分断しなきゃな)


 三本あるマストの最後尾に近づき、ポーチから特殊な魔方陣を描いた符をとりだし、柱の根元に貼り付ける。

 潜水夫が苦労したもう一つの理由がこの水中発破だ。


 水中でも破壊力をもつ攻撃魔法は高位スキルに該当する。

 ファイアアロー、ロックニードルなど中位以下の飛翔系の攻撃魔法は、どの属性でも水の壁に邪魔されてしまうのだ。

 その点この特製の魔法符は対象に密着するため、水に邪魔されることなく対象を破壊できる。


 すべてのマストに符を貼り付け、一度離れる。

 

(起爆)


 魔力を流すと魔方陣が起動し、軽い衝撃と共に中位土魔法のロックパイルがマストを破壊した。

 海流に流され、ゆっくりと傾くマストを確認し、船首の前にほぼ全力の大楯を展開する。

 淡く発光させた大楯を船首から船尾に向かって移動させ、収納を終えた。


(後は帰るだけ……ん?)


 気配を察知して振りかえると、遠くに巨大な海棲魔獣の影が見えた。


 まずい、上位魔獣のタイラントオルカか。

 タイラントオルカは海獣のシャチに似た上位の海棲魔獣で、体長八ジィほどのずんぐりした身体を持つ。

 水鳥を捕食のために火魔法をつかい、体格に物を言わせて中型船に突進してくる獰猛な海棲魔獣だ。


 完全こっちにむかってきている。

 当然、タグボートなんて体当たりされればひとたまりもない。

 あっという間に接近したオルカが巨大な顎門を開いて迫る。



 けれど対策はしてある。


(——ッ!?)


 不快な高音を水中に発しながらオルカがのたうち回る。

 奴の前面に強力な網を展開してそれにあえてしがみついた。

 複雑な動きにほんろうされながら、当たってくる水を収納して引き剥がされるのをかろうじて防いでいる。

 

 まずい。オルカが岩に向かっている。僕をこすりつけてはがすつもりだろう。


 必死に横移動し、オルカの頭にある鼻——呼吸孔にたどり着いた。

 オルカの皮は半端な陸の魔獣よりずっとあつい。

 一撃で致命傷を与えるのは無理だ。

 だから内蔵につながるこの孔に書庫から零距離で魔法をたたき込む。


——!?


 孔の奥をのぞいた瞬間光が見えた。

 反射的に顔と身体を反らすと、呼吸孔から水中にもかかわらず高熱の炎がたちのぼった。


(ぐっ、熱……)


 炎は一瞬で海水を熱水に変えた。

 熱水の直撃はさけられたけど、身体を支えるために網をつかまざるをえなかった左手がやられた。

 みえていないけれど、結構ひどい火傷だろう。

 SPは万能の障壁じゃない。毒やブレスなどに身をさらせば身体はSPに関係なく傷つく


(……メタルニードル・デクリア!)


——ギギギ、バグッ!


 大楯を操作し、かろうじて魔法を射出すると、骨が削れ、割れる音がした後、オルカの身体が泥に変わり、あっという間に海水にとけていった。


   ――◆◇◆――


 海面に浮上して手を振ると、タグボートが接近してきた。


「ザート、無事!?」


 身を乗り出したリオンの手を取り引き上げてもらい、船底に座り込むと周囲の空気が変わった。


「魔獣が出たのか!」


 タグボートの操舵手が大声をできいてくる。

 たしかに、ここで沈められたらかなわないな。


「倒しましたけど、急いで港に戻って下さい。まだ集まるかもしれない」


 回頭し港に向かう中、座り込んで潜水具を外す。

 左腕がめちゃくちゃ痛い。


「クローリス、治癒ボーションを出してくれ」


「は、はいっ!」


 再起動したクローリスが自分の弾帯に付けていたポーションの瓶を数本取り出して栓を開けてくれる。

 一本目はそのまま飲み、後の瓶は受け取った端から左腕に振りかけていく。

 じわじわとした感覚とともに煙につつまれた肉が再生していく。

 最後にはかけても煙がたたなくなった。


「治りました……?」


 見た目はすっかり良くなったのに、クローリスが心配そうに見ている。

 ポーションによる回復を見るのは初めてなのかもしれない。

 そうそう見るものでもないしな。


「原価で使えるクローリスのポーションのおかげでね。ありがとう」


 今度こそ身体の力をぬくと、みんなほっとした

 潜水具はボロボロになってしまったけど、まあ、それも含めてレーマさんに報告しなきゃな。

 倒したとはいえ、あんな港の近くに上位海獣がでるなんて何が起きているんだろうか。



    ――◆ ◇ ◆――


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