第26話【港の沈没船について】


 ラバ島でのバカンスを堪能した僕らはグランベイにもどり、再び依頼をこなす日々を送っている。


「悪いわねー、予定より面倒な仕事やらせちゃって」


「いいえ、ラバ島ではお世話になりましたし、こういうのも仕事のうちですよ。機関部の魔方陣と魔導回路は全部新しくしましたから、ほぼ新品です。材料費はもらいますけど、それ以外はサービスしときますね」


 ここはラティなど色々な種類のパンを作るパン専門店だ。

 ラバ島ではここの出店からその場でつくるカシュナンやラティを買っていた。

 そんな縁があったので、顔見知りの店主がギルドに駆け込んできた時に居合わせた僕がすぐになおしに来たのだ。


「あっはっは、そんな若さでラバ島にいたから、王都辺りの商家を継ぐぼっちゃんかと思ったけど、銅級六位だったとはねぇ」


「ハハ……」


 ぼっちゃんという言葉でどうしても複雑な顔をしてしまう。

 大量のパンと依頼完了のサインをもらってその場を後にし、ギルドに戻ったのは正午前だった。


「あ、ザートさんお帰りなさい……、すごいパンですねぇ」


 依頼完了の報告を出しに行くと、片手にかかえたパンの袋を見て受付嬢さんが目を見開いていた。


「窯の修理にいったパン屋のお姉さんから、急いでやってくれたお礼といって渡されました。ギルドの皆さんの分も預かっているので、どうぞ」


 報告を終えてから二つに分けてもらっていた袋の一つを渡すと、わらわらと周りの職員が集まってきた。


「やった、普段と違うランチだー。ありがとザート君!」


「すまんな、遠慮無くいただけせてもらうぞ」


 パンの争奪戦が繰り広げられるカウンターを後にしてギルド最上階の工房に戻る。

 扉を開けると、リオンは単眼鏡をつけて宝飾品を鑑定し、クローリスは、今日は温度調節の付与をかけた服の作成をしていた。

 

「リオン、クロウただいま、依頼先でパンをもらってきたから、お昼にしようか」


    ――◆◇◆――


「そういえば、ラバ島で回収したものの整理って終わったんですか?」


 食後のお茶を三人で飲んでいると、クローリスがふとたずねてきた。

 ラバ島の発掘は人気のない明け方にリオンと走り込みを装ってやってきた。

 これは、後でショーン達から”遊びに来てるのにトレーニングするとかアホか”と怒られた。

 ちなみに日が昇ってからだけど海底もさらっている。


「相当な量があるからなぁ。宝飾品や陶器はリオンに目利きをしてもらっているけど……」


 海流の関係であの辺りは漂着物が多いらしく、グランベイの海岸よりたくさんの物が回収できた。


「相当かかるよあれは……」


 リオンが振りかえった先にはアクセサリーの他に、ゴブレットや燭台を含めたカトラリーの類いも並んでいる。

 ちなみに貨幣は約二百万ディナを回収した。

 銀級冒険者の一か月の報酬に届くくらいの額で、これだけでも今回のコーミングは大成功だ。

 

「これじゃプラントハンターじゃなくてトレジャーハンターですね」


 クローリスの軽口が冗談じゃ済まないのがこまる。


「そろそろトルトガやゼーレが海岸に来る頃だろう。そうなれば魔獣討伐も増えるさ。それに、こうして初心を忘れないようにしているだろ?」


 今目の前にはラバ島で拾ってきたヤシの実がある。

 わざわざ三人で選んで拾ってきたものだ。

 パーティの全員で拾わなきゃ思い出にはならないので、今後はなるべく全員でひろう事にした。


「まぁ、確かに」


 なぜか顔を赤らめるクローリスと微笑むリオン。

 なんだか見ている落ち着かなくなったのでテラスで風にあたることにしよう。


   ――◆◇◆――


「やあ、ザート君。さっきは職員への差し入れ、ありがとうございました」


 テラスにはギルドマスターのレーマさんが飲み物をもってくつろいでいた。


「いえ、もらい物ですし、こうして施設を利用させてもらってますので」


 既に正午を過ぎているので、テラスはすでに南岬の影に入っていた。

 テラスは基本的に開放されているので、風が少し強いことをのぞけば午後の休憩にはぴったりの場所だ。

 レーマさんのとなりのテーブルに座り、持ってきたマティに口をつける。


「レーマさんは何を飲まれてるんですか? なにか良い香りがしますけど」


 なんとなく飲み物について話題をふってみた。

 氷の浮かんだグラスには緑がかった黄金色の液体がはいっていて、なにか花のような香りがする。

 冷たい飲み物なのに香りがするのが気になったのだ。


「ふふ……これはティランジアの先、ティルク大陸の高山で採れるテイという茶です。酒が飲めない私の楽しみの一つですよ」


 自分の好きなものに注目されて嬉しかったようだ。

 ちょっとレーマさんが得意げに語ってくれた。

 何でもテイはティルクの特産品の一つで、製法が何種類もあるほど発達した飲み物らしい。

 いくつか名産地があり、品質もピンからキリまであるということだった。


「ですが、最近ティルク諸国と帝国が対立していて、グランベイに来る船が減ってきているんですよ。そのせいで茶葉も高くなってしまって……」


「帝国とですか? 遠方の国々と帝国はなぜ対立するんですか?」


「正確にはホウライ皇国と帝国の仲が悪くなっているんです。具体的には機密情報なのでいえませんが、皆が知っていることなら教えられますよ。象徴的なのはあれです」


 あれ? あのマストか。

 酒場で船員が、あれが邪魔をして港が混むようになったとか言ってたな。


「あれはホウライ皇国の政商がもっていた武装商船なんですよ。非正規ではありますが、皇国の艦隊の一部といって良い。しばらく前に帝国側の武装商船に襲われて、かろうじて入港できたのですが、ドックまで持たずに沈んでしまったのです」


「それは、王国にとっても災難ですね……あの船を撤去する計画はあるんですか? 王国がやってしまって問題ないんですよね?」


「たしかに、沈没した時点で船は誰の物でもなくなります。極論をいえばもっと深い海底にでも落としてしまえればいいんですが、潮の流れが速くて港の潜水夫でも近づけないんですよ」


 あ、依頼振り分けの度にレーマさんがとばしていた港湾整備ってこれのことかな?

 もしそうなら、書庫で水中移動ができるようになった僕ならなんとかできるかもしれない。


「レーマさん、もしかしてその件ってギルドに依頼が来ていますか?」


 レーマさんが驚いた顔で僕をみた。

 どうやらあたりだったみたいだ。




    ――◆ ◇ ◆――


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