第25話【新機能:水中移動】


「すっげぇなこれ!」


 エメラルドグリーンの水から飛び出てきたショーンが、口の魔道具を外すなり叫んだ。

 マウスピースをつけた浮き袋のような形をした魔道具は、クローリスが改良した潜水具のエアバレルだ。

 今僕らは内湾の浅い海でエアバレルの練習をしながら遊んでいる。


 周りでは背中に凝血石の入った本物のバレルを背負って潜水しているのに、これは吸気口一つがついた首のわっかだけですむ。その上、倍以上の時間を潜っていられる。

 クローリスが改良した空気を生む機関部の魔方陣と、僕のつくった濃縮加工凝血石が可能にした一品だ。これとウエイトがあればかなり長く水中で遊ぶことができる。


「クロちゃんの魔道具作成スキルはすごいのねぇ」

 

「ありがとーオルミナさん。でもクロちゃんはやめて?」


 水面を漂いながらにこやかに答えるクローリスだけど、クロちゃんと呼ばれるのは聞き逃せないらしい。


「あ、やっぱだめ? でもクローリスって毎回呼ぶのは面倒なのよねぇ」


「正直俺も。普段はクロでいいんじゃねぇ? クローリスをクロって呼ぶのに賛成な人!」


 はーい。

 戦闘時に呼ぶ時、五文字は長いと思ってたので、この流れに乗らせてもらおう。

 本人が最後まで渋り、結局クロウならいいというところで落ち着いた。

 クロウってカラスだよな?


   ――◆◇◆――


 クローリスの呼び方が決まった所で、今度は皆で砂州の外側で泳ぐことになった。

 外側は砂州の内側より深く、水深三十ジィくらいで海底は珊瑚の森になっていた。

 さすが上級者が泳ぐ場所なだけあって深く潜ったり、水上への大ジャンプを決めたりアクロバティックな動きをしている人達が多かった。


 僕は皆とひとしきり遊んだ後、少し離れた場所であることを試している。


(身体の前面に大楯を貼り付けて……海水を収納!)


 身体全体が引っ張られる感覚と共に身体が前に移動した。足下の砂を見る限り、二ジィは進んだだろう。水中の高速移動は成功だ。


 側面、背面、両足、両肩、と全身に大楯を巡らせるうち、相当水中を素早く、自由に泳げるようになった。


(ん?)


 こっちにリオンが泳いでくる。手前で止まって上を指さした。

 何か用があるんだろう。

 リオンの伸びやかな身体が水面に向かって上がっていく。

 

 うなじを反らせ、ヒスイ色に青の刺繍がされた水着に包まれた豊かな胸を突き出して登る姿につい見とれてしまう。

 冒険者らしく、力強く水を蹴るしなやかな肢体を見送った後、慌てて上に上昇する。


「ぷはぁ」


 水の上でエアバレルを外すと、リオンがジト目で待っていた。


「ずいぶん上がるのが遅くなかった?」


 う……疑いっていうより、こちらの自白を待っている目だ。

 これはごまかしても良い事はなさそうだな。


「ごめん、朝に船上で見てから、恥ずかしくてあまり見ないようにしてたんだけど、さっきは反動で、水面に登っていく姿に見とれてた」


「へー」


 水中に半分顔を沈めていたずらっぽく笑うリオンの姿に、痛きもちいいような不思議な感覚を覚えてしまう。


「水着姿のリオンが、”ヒスイ色の翼もつ女神”みたいなんだからしかたない。僕が特別ウブなわけじゃない」


 リオンは、今度は頭の先まで海水に沈んでいった。

 周りの他の男だって多かれ少なかれ目を奪われていたんだから、それはたしかだ。

 再び浮上してきたリオンの顔はほっとした顔をしていた。


「そっかぁ。朝からあまり目を合わせてくれないから不安だったけど、恥ずかしかっただけか。でも、ふふ、ザートをからかうクローリスの気持ちがわかったかも」


 なにかリオンに新しい感情が目覚めた様な気がする。


「それで、こっちに来たとき何か言いに来たんじゃないか?」


「ああ、うん。水中で見てたらスキルっぽい動きしてたんだけど、どうやってたの?」


 水中で移動する練習を見てたのか。それなら納得だ。


「書庫で水を吸い込んで身体を動かしてたんだよ。そうだ、ちょっと手を貸して?」


 口で言うより体験した方が楽しいだろう。

 リオンの手を取り、エアバレルをくわえてもらい、水深五ジィくらいまでゆっくりと沈んでいく。


 足を動かさず移動する状況に目を見開いていたリオンだけど、そのまま手をつないで直進、ターン、と動いていくうちに楽しくなってきたようだ。

 僕の周りで、つないだ手を支点にして僕の先回りをして軌道を変えたり、手を持ち替えたりし始めた。

 光る水面を背にリオンの極薄のパレオが水に揺れる様といい、まるで踊っているようだ。


 しばらく楽しんでいると、目の端に捕らえていた赤い水着がこちらに向かってきた。


(クローリスだな)


 こちらからも泳いでいくと、向こうは水中で直立して腰に当て、笑って上を指してきた。

 あ、これ怒られる奴だ。

 

「いつまで二人でいちゃコラしてるんですか! 手を振っても反応しないし」


「ごめん、ちょっと楽しんでた。ショーン達は?」


「”約束通りメシおごるから、気が済んだら上がってこい”って伝言をあずかりましたよ」

 

 うぐ、あっちの三人にも見られてたか。

 ニヤニヤと笑うクローリスをみてため息をつく。


「ザート、パーティで仲間はずれって良くないと思うんだ」


「そうだな、僕もそう思う。クローリス」


「はい?」


 差し出した手に反射的に乗せられたクローリスの手を引っ張り、水中に引き込む。

 ちょっと強引だけど、しばらく水中を巡るうちにクローリスもリオンと同じくらい楽しんでくれた。


 クローリスとも結構踊ったから食事にはだいぶ遅れたけど、アルバトロスの三人は最初は誰でもうかれるもんだと許してくれた。

 代わりに、ショーンさんとオルミナさんには散々からかわれたけど、それも含めて楽しかったので後悔はしてない。




    ――◆ ◇ ◆――


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