第20話【民族衣装にも限度というものがある】
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
わずかに明るんできた東の空に、入港待ちをしている大型船のシルエットが浮かんでいる。
漁船がならぶグランベイ港の北部には長い砂浜が続く。
僕はこのところ砂浜を走るのを日課にしている。
走っているのは砂浜が長いのと、ついでにトレーニングをしたいからだ。
目的はあくまで砂浜の下に眠る漂着物を回収することにある。
普段から土の上を歩くときは書庫の大楯を地中に潜らせているけれど、魔砂以外あまり良い物はとれない。
だから遺跡やこういうスポットは逃さないようにしたい。
「そろそろこの砂浜も制覇したから、今夜にでも広げてみてクローリスを驚かせるか……」
書庫にたまっている漂着物に何があるか楽しみで、思わず顔がにやけてしまう。
犬を散歩中の人にすれ違いざまに見られたけど、海に向かって顔をしかめたから朝日に笑いかけた好青年に見えていたはずだ。
だれかそうだと言って。
――◆◇◆――
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
今日は宿でクローリスの国の料理を食べた。
驚いたことに、ほぼホウライ料理だった。
そして前に食べたヌマル亭のものよりだいぶうまかった。
生産系は多く持っているといってたけど、調理スキルまでもっていたとは恐れ入る。
「今回私がつくった料理と、その”ホウライ国”の料理は似てるんですか?」
「うん、クローリスの料理の方が美味しかったけど、ガルムの使い方とか似てるよ。この街にもホウライ料理の店があるみたいだから今度いってみようよ」
「そうですね。それにしても、銃剣につけたホウライ刀といい、皇国は日本と同じような文化なんですねぇ」
二人の話を聞きながら洗浄の魔道具を使って食器をきれいにする。
異世界とこちらの文化がほぼ同じなんてあり得るのか。
「となると、作っておいたアレもホウライ国にあります?」
「ええ! アレってホウライ国のものとして作ってると思ってたよ!」
「何の話だ?」
食器を書庫にしまって振り向くとクローリスと目が合った。
胸の前にはこの部屋に来るときに持ってきた袋がある。
「んふふ、その前に、まずこれに着替えて下さい」
袋から出されたのは先日クローリスが作ってくれると話していた僕の街着だった。
「おお、もう出来たのか、早いな」
「私達は隣にいますから、着替え終わったら声をかけて下さい」
ソファに一つ一つ並べて感心しているとクローリス達がドアから出て行ってしまった。
じゃあ着てみようかな。
部屋の鏡に全身を写してみると、イメージ以上にシルエットが綺麗な服で驚いた。
「おお、これはいいんじゃないか? さすがにぴったりだな」
シャツはサックスブルーで涼しげだし、パンツもスマートなのに変に突っ張ったりしない。サンダルも僕の髪に合わせた茶色だ。
よし、クローリスにグッジョブと言わなければ。
「クローリス? ザートだけど開けてもらえるか?」
隣のクローリスの部屋の扉を叩くとなにやら慌ただしい音がした。
「はや! ちょっとまってくださいー。リオン、もうすこし腰を落として!」
二人ともドアから離れたのか音がしなくなり、手持ち無沙汰になったころでドアが開けられ、クローリスが顔だけ見せてきた。
「良いですよー」
ドアが開けられ、目に飛び込んだのは変わった服でソファに座っているリオンだった。
鮮やかに染め抜いた薄い布地で作られたガウンをまとっている。
首筋と胸元が大きく開いているのに太い布で巻いているだけなので、夜会のドレスより露出が少ないのに目のやり場に困ってしまう。
「どうです? 異世界の民族衣装でユカタっていうんですよ」
リオンと柄違いの同じ衣装をまとったクローリスがドアを閉めてニヤニヤしている。
「ええと、クローリスの国はずいぶんとその、開放的なんだな……」
クローリスも、リオンほどじゃないけどそれなりに”ある”ので、困る。
からかわれているのは分かっているんだけど、こういうときはポーカーフェイスで乗り切ってきたんだけど、目の前にいるのは今まで会った中で一番といっていいほど過言ではない女の子達。
片方は中身が少し残念だけど、それにしたってパーティの仲間に対してこういうのはどうかと思うというか、こういうのは普通なのか?
今度一人で酒場にいって冒険者パーティの常識とか教えてもらわなきゃ。
いやそれより今この状況をどうのりきればいいのか。
リオンはなにか言って欲しいのか上目遣いでみてくるし、でも服を褒めるにしたって色っぽいとか言って良いのか……
そこまでぐるぐる考えて、当たり前のことを思い出した。
「いやいや違う。僕の服が先だろう。僕はすごく良いと思うけど、似合ってる?」
そうだ。ここに来たのは作ってもらった服を着た自分を見せるためだろう。向こうのペースに巻き込まれるから混乱するんだ。
「六秒で再起動ですか。まあ納得の数字です。ザートの服は作った時のイメージ通りですよ。バッチリです」
「良かった。ありがとうクローリス」
「私も、似合ってると思うよ」
二人からみても問題ないみたいだ。
よかった、自分の服の事を考えてたら落ち着いてきた。
二人の服の感想もいわなきゃな。
「ありがとう、二人とも似合ってるよ。でも綺麗すぎるから、外には出て欲しくないかな」
セクシーすぎて、とは言えないから綺麗すぎて、にすれば大丈夫だろう。
たとえホウライ国では普通であっても、ここはグランベイなんだ。
こんな服で外にでられたら男が寄ってきて大変なことになりそうだ。
「……さらっといいますねこの人」
「……でしょ」
「外に出るも何も、こんな着崩し方で歩くはずないじゃないですか」
数瞬のあいだ沈黙した二人が、なにやらこそこそと話し始めた。
今更恥ずかしくなったのか、首元まで赤くなっている。自分達で着ておいてなにやってるんだか。
「なーんかやられっぱなしというのもしゃくですね。ザート、ちょっと後ろ見ててください」
せかされるままに後ろを見る。今度は平常心でいよう、ポーカーフェイスだ。
「はい、いいですよ」
ポーカーフェイス無理。なんで二人とも上半身ハダカなんだよ。
「服着ろ! なんでお前ら下着みせてんだよ!」
顔を押さえて回れ右。頭が全然追いつかない。
「ちょっとザートよくみてください、水着ですよこれ?」
クローリスが笑いながら回りこんでくるので上を見て回避しつづけるうちに、だんだん冷静になってきた。
水着っていったら半袖半ズボンだとおもっていたけど、あれは学院だけのものなのか?
「ねぇクローリス、ザートって海に来たことがないって言ってたから、こういう水着があること知らないんじゃないかな?」
「なるほどです。それだといきなり全身をみせるのは刺激がつよいですね」
「パレオか、ワンピースを着た方がいいかもしれない」
「ザートもそっちの方の知識はないんですね。仕返しのつもりがやりすぎました」
向こうが勝手に自己解決してるみたいだけど、頼むから早く服を着てくれ!
……後日、酒場でアルバトロスのリーダーに水着の話をすると、そういう水着はこの辺りだと普通だし、女冒険者も水着を見せるくらいのからかいは普通だと教えられた。
『慣れろ。そして死ね』
最後は方々から罵倒されたあげく、かなりおごらされた。
授業料高すぎじゃないか?
――◆ 後書き ◆――
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